旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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1985年、西ベルリンからの脱出。

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1985年8月。
東ベルリンでビザやらドイツ語の問題やらをなんとか突破した僕は、
人生で初めて西側ヨーロッパの都市であるベルリンに辿り着いたが、
そこに長居することはできなかった。
なぜなら、お金がなかったから。
このベルリン行きの旅は、
日本を出たときにはまったく違う計画だった。
当初の予定では香港からフェリーでマカオ、広州に入り、
そこからフェリーを乗り継いで東シナ海沿岸の都市を北上、
大連まで辿り着いた後は、
できるだけ北朝鮮国境の近くを目指す。
そして帰路は香港から台湾に飛び、
フェリーで石垣島、沖縄本島、奄美大島、九州を経て
家に帰るというものだったのだ。
つまり東アジアのみで完結するはずの旅程。
それが北京からベルリンまでのチケットが
びっくりするような値段で買えることを知り、
すべての計画をキャンセルして
シベリア鉄道に飛び乗ってしまったのだった。
だから、ベルリンまで来ることはできても、
物価の高いヨーロッパにはとても長逗留はできない。
つまりベルリン到着以降は、
一刻も早く日本行きのチケットを入手して帰国することが、
最大にして唯一のミッションだった。
ところがベルリンから航空券は、
日本にかぎらずどこへ飛ぶのも高かった。
これは当時のベルリンが、
西ドイツの一部のようであってそうではない、
アメリカ、ドイツ、フランスという
戦勝国の共同管理地になっていたことに一因があったのだろう。
今になって調べてみると、
当時の西ベルリンに乗り入れていた航空会社は、
それら戦勝三国のナショナルキャリアに限られていたそうだ。
西ドイツのルフトハンザさえ乗り入れていなかったとは驚きだ。
鉄道もあるにはあったが、
やはり高い。
残された道はひとつ。
ヒッチハイク。
翌朝、僕は西ベルリン郊外にあるアウトバーンの入口で、
「FRANKFURT!」と大書きしたプラカードを手に立っていた。
ドイツ国内で一番航空券が安く買えるという、
希望の都市に想いをはせて。
写真は西ベルリンでようやく泊まれた安宿の窓から。
せっかく窓から写真を撮っているのに、
遠景ではなく下の風景をのぞき込んでいるのが、
我ながらそのときの不安感が現れていると思うのだが。
西ベルリン/西ドイツ。1985年。
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by apolro | 2017-02-24 10:51 | 旅の日々 | Comments(0)
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