旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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カテゴリ:旅の日々( 838 )


サトウキビ畑に屹立する廃煙突。

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世の中には廃墟マニアとか工場萌えとか、
構造物に深い愛を捧げる人が数多くいますが、
そんななかには煙突マニアというくくりもあるようです。
これはそんな彼ら垂涎の煙突、
喜界島の大和精糖の煙突。
この煙突を見るためだけに喜界島にやってくる勇者もいるのだとか。
もともとはここに精糖工場があって、
なぜか煙突のみが残されて、
今もモニュメントのように屹立しています。
工場の建物があったと思われる周囲の敷地は、
いまでは一面のサトウキビ畑。
煙突マニアでなくとも、
なかなかそそられる風景です。
ちなみに大和精糖という会社はすでになく、
スプーン印で知られる、三井製糖の一部となっているようです。
喜界島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-06-21 10:07 | 旅の日々 | Comments(0)

SUP初体験。

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先日、喜界島を訪ねたときに、
生まれて初めて乗ったSUP(スタンドアップパドル)の写真を、
宿のかたが送ってくれた。
さすがに初SUPに防水でもない普通の一眼レフを
持って乗る勇気はなかった。
実際、何度も何度も何度も沈したしね。
この写真も沈を繰り返した後、
ヘトヘトになってヒザ立ち状態になっているところ。
SUPって見てるぶんには
ずいぶん優雅な乗り物だと思っていたけれども、
実際に乗ってみるそうでもない。
モモ裏のいわゆるハムストリング筋がパンパンになっちゃいます。
体幹が鍛えられそうだ。
馴れればそんなことないんだろうけれど。
風に吹かれると自分のからだが帆になって、
どんどん流されちゃうし。
あれを操りながら釣りでもできたらと思っていたけど、
その道のりは長そうだ。
それにしても美しきかな、喜界島の海。
また行きたくなっちゃったよ。
喜界島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-06-19 15:06 | 旅の日々 | Comments(0)

田植えの日のオシクジリ。

f0217617_118107.jpg
闇から闇に葬り去ろうとしていたんだけれど、
実は先週末の田植えのときにしくじっちゃいまして。
田植えも終わって生ビールもガンガン飲んで、
ほろ酔い気分でドラム缶釜で焼けたピザを出そうとしたときでした。
焼きたてのアツアツピザを、
下に敷いてあるクッキングシートの端をつかんで、
5メートルほど離れたテーブルに移そうとしたのでした。
今から考えたらなんでお皿を使わなかったのよというところですが、
酔っぱらいだから仕方がない。
半分ほど運んだところで、
熱で劣化したシートが見事にパリッと破れてビザは地べたへ。
そのままあきらめればいいものを、
それをなんとかもう一度つかまえようと、
下に手を出したところピザは反転、
あっつあつのチーズ面がもろに手の平にベッタリ。
ギャーという次第。
バカ。
すぐに氷で冷やしたせいか、
水ぶくれにもならず気にもしていなかったのですが、
今朝ほど手の平で頬をさすったところ、
なんだか違和感が。
ご飯粒でも貼りついているのかと確認したら。
しっかり火傷の後だよ。
薬指の脇側なんてあんまりまじまじ見ることもないとはいえ、
一週間も気づかなかったのってどうよ。
そしてこれ、
すごく剥がしたくなるけど、
剥がすとまた面倒くさいことになるんだろうな。
東京都。2017年。
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by apolro | 2017-06-17 11:09 | 旅の日々 | Comments(0)

2017年の田植えも終了。

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昨日は恒例の田植え。
田植え日和というにはちょっと暑い日でしたが、
とりあえず担当分は無事終了。
当初は人出が少なくて、
今年はやばいのではないかと戦々恐々だったようですが、
三々五々に集ってきて、
しまいには田植え作業のおかわりをする人も。
さすがに何年も続けているだけあって、
皆さん手際よく、かつ上手になっているのでしょう。
タテヨコのラインがきっちり揃い、
美しい田んぼになりそうですよ。
仕上げはもちろん生ビールに
焼きそば、窯焼きピザその他諸々。
生ビールは早々になくなり、
途中で樽を追加するハメに。
みんなどんだけ呑むんでしょ。
お疲れさまでした。
埼玉県。2017年。
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by apolro | 2017-06-11 11:54 | 旅の日々 | Comments(0)

ふたつの島の俊寛像。

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喜界島は俊寛さんが幽閉された島だといわれています。
俊寛さんといえば、
打倒平氏を画策するもバレて京を追放、
死ぬまで戻ることがかなわなかった人ですね。
ここまで読んで「アレっ?」と思った人は、
もしかしたら僕のブログをけっこう読んでいてくれている人
なのかもしれないので、
とてもうれしいです。
なぜなら昨年の春に訪ねた硫黄島にも、
俊寛さまの立像、
というか「置いてかないでけろ〜像」が立てられていて、
そのこともブログに書いたから。

f0217617_14221060.jpg
http://apolro.exblog.jp/25118125/
喜界島と硫黄島、
さてさて本当に俊寛さんが流されたのはどっちだ?
ものの本によると、
俊寛さんが流されたのは「キカイガシマ」という島だったそうです。
そして喜界島という名前は、
過去には「鬼」界島という字を当てていたこともあるそうで、
そうなると喜界島なのでは、という推理が働きます。
しかし、俊寛さんが流された島の様子を伝える伝説には、
「島には高い山があって、火を噴き、硫黄を産出する」とあるそうです。
こうなるとこれはもう硫黄島そのもの。
さあどっちだ。
なーんてのは野暮の極み。
そもそもその時代には、
鹿児島より南に散らばる島を総称して
「キカイガシマ」と呼んでいたという説もあるのです。
それぞれの島の人たちが信じていて、
それで幸せならば、
誰もそこに口を挟む必要はありません。
喜界島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-06-08 14:24 | 旅の日々 | Comments(0)

海南島の真珠。

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先日、中国の海南島・三亜において
日本人がスパイ容疑で拘束されたという報道があった。
海南島といえば中国の南端に位置する島。
島とはいってもその面積は九州よりもやや大きいくらいなので、
日本人の感覚でいう島とはちょっとスケールが異なる。
現在緊張が高まっている南シナ海に面していることもあって、
軍事的機密も多く、
日本人が拘束されたのもそのへんが関わっているようだ。
僕がこの島を訪れたのは1984年のことだったか。
中国南部、広壮チワン族自治区の省都・南寧から、
電車とバスを乗り継いで二日がかりで行った。
玄関口にあたる海口という都市は、
南国特有の穏やかな空気感に包まれていて、
旅の疲れをいやすのにはうってつけの場所だった。
海口からおんぼろバスで島を南下、
三亜という街までさらに一日。
海南島の中央部には2000メートル近い山々があり、
車窓から眺める光景は熱帯雨林そのものだった。
三亜は海南島最南端に位置する街で、
ということは中国の最南端だ。
目の前には南シナ海が広がっていた。
現在は「中国のハワイ」などと呼ばれて、
一大リゾートになっているそうだが、
当時は鄙びた小さな漁村にすぎなかった。
浜辺の青空自由市場には、
さまざまな海産物が並べられていて、
買い物帰りのおばちゃんが
カブトガニをぶら下げながら帰る姿に度肝を抜かれたりもした。
その市場で入手したのがこの真珠。
僕が買えたくらいだから、
値段は全部で200〜300円程度だったと思う。
どれもいびつな形をしていて、
宝石的な価値は皆無だろうけれど、
逆にそれが天然物っぽさを醸し出していた。
地元の人がこれをどう使うのかは知らなかったが、
自分へのお土産としてはうってつけだ。
そしていざお金を払って真珠を受け取ろうとしたところ、
いきなり店のおねえちゃんが、
真珠をすり鉢に放り込んで挽き始めようとしたので慌てて制止。
おねえちゃんは怪訝そうな顔して、
そのままの真珠を紙に包んで僕に渡してくれたが、
その瞬間、真珠の用途がわかった。
彼らはこれを粉にして服用、
つまり漢方薬の一種なのだな。
幸運にも粉にされなかった真珠は、
今も僕の旅の思い出棚に並んでいる。
三亜/中国。1984年。
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by apolro | 2017-06-03 11:12 | 旅の日々 | Comments(0)

商人宿で在りし日の名瀬を懐かしむ。

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飛行機の乗り継ぎの都合もあって、
奄美大島の名瀬で一泊。
名瀬市はいつの間にか周辺の町村と合併して、
奄美市とその名を変えていた。
おじさん一人旅で別に立派なホテルに泊まる必要なんかまるでないので、
選んだのはここ『すみ旅館』。
典型的な商人宿だ。
玄関で声を掛けると、
台所仕事をしていたオバアが「ハーイ」と、
手を拭きながらパタパタと出てくる、
そんな宿。
お孫さんだろうか。
奥からは子どもたちの笑い声が聞こえる。
通された四畳半ほどの部屋には、
今どき珍しいダイヤル式電話が敷かれていた。

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いかにも商人宿といった設備だが、
これってどうやって精算するのだろうか。
自己申告?
ひょっとして使い放題?
ちなみに一泊素泊まりの宿代は2500円。
安い。
この宿のある界隈は、
昔ながらの街並みが残っていて、
そのころの名瀬の様子を彷彿とさせてくれる。

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オバアにそんな話をしてみると、
「そうなの。昔の名瀬はきれいな街だったのよー。小さなマッチ箱みたいな家が山裾にずらりと並んでいてね。大島紬で当てた旦那衆が、みんなビルに建て替えちゃった」
近所にいい居酒屋がないかと訪ねる僕を直接店まで案内しつつ、
懐かしそうに話してくれた。
奄美大島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-05-31 11:21 | 旅の日々 | Comments(0)

日曜午後の多摩川散歩。

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穏やかな、
というにはやや気温が上がりすぎた日曜日の午後。
なんだか無性に歩きたくなって、
日頃あまり接点がない多摩川の中流域を歩いてみた。
バックパックには缶ビールと、
そしてもしかしたらオイカワでも釣れるかもと、
テンカラ竿をしのばせて。
最寄り駅から20分ほど歩いて辿りついた川岸は、
日曜日ということもあって、
たくさんの人が散歩や釣りを楽しんでいる。
ちょっと驚いたのは、
釣り人のほとんどがバスマンだったということ。
多摩川の中流域はいつのまにかバス釣りポイントになっているのですね。
そんな風景を横目にずんずんと下流へと下っていくと、
やがてちょっとよさそうな瀬を発見。
周囲には人もいないから、
僕のヘタクソな竿扱いも見られるずにすむぞと、
しばらくテンカラ竿を振ってみたのだが、
反応はまるでなし。
というか魚の気配が皆無。
今の時期はもっと細い支流に入り込んでいるのだろうか。
そう思って、
今度はしばらく先で現れた支流を遡ってみることにする。
すると。

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ものすごく雰囲気のある溜まりが現れましたよ。
特別のなにかが潜んでいそうな気配。
水はあまり動いていなく、
テンカラ竿を振る感じではなかったけれど、
でっかいナマズあたりが息を潜めていそう。
カエルさんのルアーでも投げてみたくなります。
そして、そこからさらに遡ると、
今度は「なにか」がいましたよ。

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ミシシッピアカミミガメがノンビリと日向ぼっこ。
タマゾン川ですね。
さて、そろそろ引き上げようかなというときなって、
いわゆる親水公園のような場所に出た。
お母さんが子どもに水遊びをさせるような、
人工のスペース。
なにげなく水面を眺めると、
そこには15センチほどウグイが群れをなして泳いでいる。
そしてよくよく観察してみると、
盛んにライズを繰り返して水面を漂うユスリカを食べている。
おお、ここならテンカラを楽しめるのではと、
一瞬バックパックに入った竿に手が伸びかけたが、
さすがにこんなところで釣りを始めたら、
不審者扱いで通報ものだ。
ここはグッとこらえて、
代わりにプシュッと缶ビールの栓を抜いた。
東京都。2017年。
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by apolro | 2017-05-30 10:42 | 旅の日々 | Comments(0)

奄美大島のマングローブ林を散歩する。

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奄美大島住用川流域のマングローブ林。
この写真だけでは山深いなかを流れているようにも見えるが、
この先はもうすぐ海。
こんな光景が見られるのは、
日本ではあとは沖縄の西表島くらいか。
カヤックをレンタルして海の手前まで下ってみた。
同じように見えるマングローブ林も、
よく見るとさまざまな樹木が混じっている。

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白く見えるのは花が咲いているのかな。
昔この流域を漕いだのはもう20年以上も前のこと。
あのころにくらべると、
島はずいぶんと観光整備がされたようにも見える。
奄美群島は今年『奄美群島国立公園』に指定された。
そしてそのいっぽう、自衛隊のミサイル基地建設でザワザワしている。
この先どうなるかはわからないけれど、
アマミノクロウサギ、
そしてケンムンがいつまでも住み続けられる森があり続けますように。

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ケンムンというのは、
奄美大島のガジュマルの樹に棲むとされる妖怪、
あるいは妖精のようなもの。
奄美大島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-05-28 10:55 | 旅の日々 | Comments(0)

喜界島の戦争遺跡その3。電探基地跡とトッコウバナ。

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喜界島中央部に広がる台地「百之台」の南端には、
太平洋戦争時の電探(レーダー)基地跡が残されていた。
標高211メートルと島で最も標高が高いこの場所は、
敵機来襲を察知するのに最適の場所だったのだろう。
しかし見晴らしがよいということは、
相手からのも見つけられやすいということなのだろう。
現存する遺跡は台地の一角に、
完全に埋没する形で残っている。

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入口は狭く、
それでいて周囲は強固なコンクリートで囲われていて、
防御力の高さがうかがわれる。
ちょっと見には、
まるで古墳の石室のようだ。
当時は地上部にもなにか構造物はあったのだろうが、
今確認できるのはこの入口のみ。

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戦争遺跡の傍らに、
可憐な花が咲いていた。
この花の名前はテンニンギク。
戦争末期、
島から飛び立つ特攻隊員に対して、
島人たちがこの花を贈ったことから、
現在この花はトッコウバナという哀しい名前で呼ばれている。
喜界島/鹿児島県。2017年。
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by apolro | 2017-05-26 11:31 | 旅の日々 | Comments(0)