旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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<   2016年 12月 ( 30 )   > この月の画像一覧


2016年の大晦日。

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2016年もあと数時間。
皆さま、今年もいろいろお世話になりました。
いろいろとご迷惑もお掛けしたかと思いますが、
懲りることなく、
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
写真は7月に歩いたアイスランドのロングトレイル「ロイガヴェーグル」。
今年歩いた峰々のなかでは、
一番印象深く記憶に残っています。
なにせこれまで数多くの土地を訪ねながら、
いまだにリピーターにはなれたことのない僕が、
珍しく「また近々行きたいな」と思っているくらいですから。
よいお年をお迎えください。
2016年。東京都。
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by apolro | 2016-12-31 17:17 | 日々のなかの旅 | Comments(0)

振り向けば東京湾を囲む半島が。

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一番奥に見えるのは房総半島。
その手前は三浦半島。
そして江ノ島。
江ノ島は観光灯台まで視認できますね。
手前の山容は大山でしょうか。
だったら今頃は、
初詣の準備で大わらわでしょう。
奥多摩も雲取山付近まで来れば、
関東をずいぶんと遠望できます。
東京都。2016年。
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by apolro | 2016-12-30 16:36 | 旅の日々 | Comments(0)

ベーコンなお正月。

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あと三日で今年もおしまい。
例年、お正月だからといって、
とれといって特別なことをするわけではないが、
今年は唐突に、
お正月に向けてベーコンを仕込んでみることにした。
以前にやって意外とうまくいたのと、
今日買い物に行ったら、
焼き豚用にブタバラ肉が大量に出回っていたのを目にしたのが理由。
塩と胡椒をもみこんで一晩。
さらに塩と胡椒を洗い落としてまた一晩。
燻しはダッジオーブンにやってもらおう。
チップは残っていたサクラでいいかな。
元旦は燻製の香りととともに。
東京都。2016年。
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by apolro | 2016-12-29 16:56 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

革命とマッチラベル。

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後に「ビロードの革命」と呼ばれる
チェコスロバキアの民主革命。
夜ごとに市民達がヴァツラーフ広場に集い、
自由を求めてデモを繰り返していましたが、
そんななかにも日常はありました。
クリスマスも近く、
昼間は街角に市が立ち、
ささやかなクリスマス飾りや
食材などが並べられていました。
チェコスロバキアではクリスマスに
鯉を食べるというのもこのとき知りました。
僕もなにか土産的なものをと市をうろついているときに、
古書店で見つけたのが箱マッチのラベル。
共産主義体制下で物資も乏しいなかでも、
「何かを蒐集する」という
人間の性は途絶えることはないのでしょう。
こんなものを一生懸命集めて、
ときには同好の士と交換会などもしていたのであろう、
プラハのおじさんたちの姿が目に浮かびます。
チェコスロバキア製のものはもちろん、
ヨーロッパやアフリカ諸国、
なかには中国製のものまで。
当時のチェコスロバキアの外交関係がうかがえます。
それにしてもこの時代の東欧のデザインって、
やはりちょっと独特でかっこいいなあ。
プラハ/チェコスロバキア。1989年。
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by apolro | 2016-12-28 11:50 | 旅の日々 | Comments(0)

杉の樹林帯を抜けるとそこは。

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奥武蔵の尾根道を歩いていると、
いきなり樹林が拓けて青空が。
なんだなんだと早足で抜けてみたところ、
どうやら新しい送電鉄塔が建てられるようだ。

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まだ新規の鉄塔が必要なんだということにちょっと驚きつつ、
鉄塔を建てるにはこれだけのスペースを
伐開しなければならないのかということも知る。
それはそうか、
建てるには事前に資材を搬入するスペースが必要だものね。
本来ならば尾根筋にあったであろう登山道が、
山腹に仮設された金属製の歩道にすり替えられていて、
そこを滑らぬように歩きながら、
そんなことをぶつくさ独りごちる。
埼玉県。2016年。
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by apolro | 2016-12-27 12:06 | 旅の日々 | Comments(0)

小掃除にてサルベージしたもの。

f0217617_1116361.jpg
大掃除の季節ですが、
一気に片付けるような気力はないので、
部分ごとに、
少しずつ、
小掃除(ちいそうじ)でやっつけるようにしています。
昨日は玄関、
今日は台所といった具合です。
んで、本日はテレビを中心とする棚を攻めたところ、
棚と壁のすき間からナゾの物体が。
一瞬、カビがびっしり生えているかと思ってゾッとしましたが、
よく見るとホコリ。
まあこれでも十分ゾッとしてよいわけですが。
いったいなんだろなーと思いつつ、
そっとハタキをかけてみたところ……。

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正体は「ブースカ」さんでした。
そういえばテレビの後ろに飾ってたっけ。
地震かなにかでこけたのでしょうが、
よくもまあこんなふうに美しくホコリを纏ったもんです。
いや、「美しく」というのも変だけど。
東京都。2016年。
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by apolro | 2016-12-26 11:17 | 旅の道具、日々の道具 | Comments(0)

1985年の東ドイツ。その2。

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ベルリン行きの国際列車は、
かなりの遅れをもって運行していた。
もともとモスクワを出発するときからして
数時間単位で遅れが発生していたのだから、
もはや定刻運転などという概念はないようなものだったが、
僕にはひとつ不安があった。
ビザである。
東ドイツのトランジット・ビザの有効期間は1日。
列車が遅れて、
もし到着が深夜を越えてしまったらどうなるのだろう。
常識的に考えれば、
鉄道が原因での遅れなのだから、
そこはうまく取りはからってくれるに違いない。
しかしその常識が厳格な共産主義国家である東ドイツで通用するのか。
オーバーステイを言い渡され、
法外な罰金を請求されたらどうしよう。
いやそれどころか、
もしかして逮捕。
ビザの有効期間内に出国できなかったのは、
スパイ行為を働いていたからではないかとあらぬ邪推を受け、
ろくな裁判も行われずに有罪、
矯正労働所送り?
それまでに読んだり観たりした、
本や映画のシーンが次々に頭のなかに浮かんでは消える。
車窓から見える風景が夜の帳に包まれ、
不安はますます増幅される。
そんななか、
次第に周囲には無機的な団地群が増え、
やがてようやくベルリン・オストバンホフ(東駅)に到着。
記憶ははっきりしないのだが、
夜の10時過ぎではなかったか。
とにかくこの日のうちに、
国境を越えて西ベルリンに入らねばならぬ。
しかしベルリン・オストバンホフ駅に国境があるわけではないので、
そこから国境までは自分で移動しなければならないのだが、
その移動手段を僕はまったく知らなかった。
そして駅をはじめすべての表記が
ドイツ語のみというのも僕には問題だった。
大学の第二外国語で学んだドイツ語なんてとっくに霧散。
いっぽうの東ドイツも、
一般市民はもちろん駅員にも英語が話せる人は皆無。
当時の東ドイツでは英語なんてほとんど敵性言語だ。
ロシア語やフランス語は話せても、
英語を話せる人はまずいない。
仮に話せる人がいたとしても、
公共の場所で見ず知らずの外国人と
親しげに話したりしているのを見られたら、
シタージ(秘密警察)に密告されるかもしれない。
さらなる問題は、
夜のそんな時間に両替所なんてとっくに閉まっているということ。
手持ちの東ドイツマルクはゼロ。
同じ列車に乗っていた西側の欧米人たちは、
タクシーを拾うとそそくさと駅から去っていく。
今から考えると米ドルで交渉して、
国境まで行ってもらったのかもしれない。
僕にはそんな知恵もお金もなかったので、
駅にいた東ドイツ人に誰彼かわまず、
指を指しながら
「ベルリン・ウエスト?(西ベルリンはあっち?)」と尋ねまくる。
どうやらSバーンと呼ばれる高架鉄道に乗れば
西ベルリンに行けることはわかったのだが、
そのSバーンに乗るためのキップが買えない。
またもや誰彼かまわずに、
「チケット? チケット?」と尋ねていると、
あるおじさんが見かねたのか、
自分の持っている回数券のようなものをめぐんでくれた。
あのときは慌てていたせいもあって、
たいしたお礼もできなかったが、
あのおじさんがいなければどうなっていたことか。
僕のなかの「人生の恩人」リストに並ぶひとりである。
無事にSバーンに乗り、
フリードリヒ・シュトラッセという駅で下車すると、
目の前にドーム状の建物があり、
それがイミグレーションだった。
まだ零時前だったせいか、
拘束もされずに無事通過。
そこからさらにSバーンに乗り継ぐが、
僕にはまだ西ベルリンに入ったという実感はなかった。
なぜなら東ドイツは出国したものの、
西ドイツの入国審査はなかったから。
おそらくそれは、
東ドイツから西ドイツに入国する人間は、
無条件で許可されるような当時の事情もあったのだろう。
「きっと東西ベルリンの間には緩衝地帯のようなものがあって、僕はいまそこに立っているんだろう」
というのが、そのとき必死に考えた僕なりの推理だった。
だからSバーンをどこで降りれば西ベルリンに入れるのか、
このまま乗っていると環状線みたく、
また東ドイツに戻ってしまうのではないかと心配し、
とりあえずある駅のホームに降りてみる。
そして駅員に「西ベルリンはどこですか?」と質問すると、
その駅員は、
こいつは何を言っているのだろうと不思議そうな顔をして、
「ここ! ここが西ベルリンだよ!」
と笑って教えてくれた。
あとから知ったが、
そこは西ベルリンでも中心に位置する「動物園駅」だった。

写真は翌日、ベルリンの壁沿いに建つ墓地に前にて。壁を突破しようとして国境警備員に射殺された東ベルリンの住民のものだという。墓地の前にいる僕を、壁の向こうの監視塔から双眼鏡で監視しているのが不気味。
東ドイツ/東ベルリン。1985年。
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by apolro | 2016-12-25 12:34 | 旅の日々 | Comments(0)

1985年の東ドイツ。その1。

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モスクワからベルリンへの旅すがら、
ポーランドとの国境で東ドイツから発給された
トランジット・ビザの有効日数はわずか1日だった。
トランジット・ビザというのは、
その国を抜けてさらに隣国に行くときに発給される、
いわゆる通過専用ビザ。
つまりこのビザが有効な間に、
東ドイツを抜けて西ベルリンに出なさいよというわけだ。

中国から西ドイツまで鉄道で旅するにあたっては、
通過する各国のトランジットビザの取得が必要で、
このとき必要だったのは、
モンゴル、ソ連、ポーランド、そして東ドイツのビザだった。
在北京の各国大使館をまわって、
ひとつずつ取っていかねばならないのだが、
これにもルールのようなものがあって、
モンゴルやポーランドのビザを取るには、
まず彼らの偉大なるお兄さん国家である
ソ連のビザを先に取らなくてはならなかった。
ビザ発給業務は週の半分くらしか行ってくれず、
さらに発給されるには数日を要し、
その間、パスポートは預けっぱなしなので、
かけもちで申請することもできない。
これらの条件をクリアしながら、
パズルのように各国のトランジットビザを揃えるのには、
たしか2週間ほどかかったのではないか。
そのなかで唯一、
東ドイツだけが国境で、
その場で発行してくれたのだった。

無事ポーランドの出国をすませ、
列車内に入ってきた東ドイツの入国審査官は、
いかにもドイツ人といった厳格そうなおじさん。
愛想はまったくないが、
仕事は正確にしてスピーディー。
「トランジット?」
「イエス……」
「5マルク!」
「ペイ バイ ジャパニーズ・エン?」
「イエス! 430エン!」
そして目にもとまらぬスピードで、
僕のパスポートの一番最後のページの片隅に、
きっちり水平に、
そしてかすれもなく
ポーンッ!と入国スタンプを押してくれた。
そのとき僕は心のなかで、
「おお、ドイツに来たぜ」と、
ちょっと感動していた——。
とばかり思っていたのだが、
あらためて30年ほど前のパスポートを引っ張り出してきて、
東ドイツの入出国スタンプを確認してみると、
全然そんなことなかった。
きっちりというより、
ページからはみ出しているし。
ときとして、
旅の記憶は脳内で捏造されるというよい例である。
東ドイツ/フランクフルト・アン・デア・オーダー。1985年。
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by apolro | 2016-12-24 16:32 | 旅の日々 | Comments(0)

不思議な空模様。

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年の瀬とは思えぬ気温。
年の瀬とは思えぬ湿度。
朝がたには真っ青な空が広がったと思いきや、
むくむくと湧きだしてきた雲がその空を覆い尽くし、
やがて風が吹き始めた。
山にいたらハラハラしそうな天気の流れ。
東京地方、明日の予報は終日快晴だけれど、
果たしてどうなることやら。
いずれにしても、
年末にこんな天気は初めてだ。
東京都。2016年。
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by apolro | 2016-12-23 15:10 | 旅の日々 | Comments(0)

森の箱庭。

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おそらく、
かなり昔に伐採されて残った切り株。
雨や雪に打たれて、
やがて腐り始め、
いつしかそこを苔が覆った。
苔がはびこるとそこには水が湛えられ、
さらに別の種類の苔が生え、
茸が育ち、
いくつもの草も芽吹き始めた。
さらには小さいながら木も伸びてきて、
直径数十センチほどの切り株の上は、
さながら森の箱庭のよう。
さて、この先これがどんなふうに変容していくのか、
ずいぶんと気になるところだが、
その答えを見られるのは、
僕の寿命よりもずっとずっと先のことだろう。
東京都。2016年。
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by apolro | 2016-12-22 15:56 | 旅の生き物、日々の生き物 | Comments(0)