旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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by apolro
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再会のお菓子屋。

f0217617_11184523.jpg
先日、久しぶりに巣鴨に行く機会があった。
巣鴨は僕が3年間通っていた高校の至近駅だ。
といっても学校には卒業以来足を踏み入れていないし、
駅周辺の様子もずいぶん変わってしまったが、
それでも、いまも当時のままというものもあった。
駅前の書店は、
昔と同じ書店なのかはわからないが、
同じ場所に書店として存続していた。
ここは学校帰りに立ち読みしたな。
スーパーの西友も昔のままあった。
西友は山岳部の夏合宿、春合宿の前日、
部員全員の一週間ぶんの食糧買い出しに利用させてもらった。
その山岳部も数年前に廃部になってしまったが。
そしてもう一軒。
まさかというお店が残っていた。
駅から学校へ向かう途中にあった、
間口一間ほどの小さな駄菓子屋。
通学途中に、
よくここで菓子パンを買ったな。
今も繁盛しているようで、
店内は近くのサッカークラブに通う子どもたちで賑わっていた。
こんな時代に、
こんな小さな、
しかも独立系のお菓子屋が、
成り立っているとは奇跡のようにも思えるが、
やはりこういう強い固定客がついているんだろうな。
懐かしくて思わずカメラを向けると、
店のおばちゃんと目が合った。
不審者と思われてもイヤなので、
「若いころ、そこの高校に通ってまして……」と話をすると、
そのおばちゃんはなんと、
僕が通っていた当時のおばちゃんだった。
あれだけ通っていたのに、
残念ながら顔はまったく憶えていない。
高校生くらいの男子にとって、
おばちゃんの顔なんてそのくらいどうでもよいものなのだろう。
今回はそういう話。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-21 11:24 | 日々のなかの旅 | Comments(0)

映画『緑はよみがえる』を見た。

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舞台は第一次大戦下のアルプス。
極寒のアルプスを挟んで、
イタリア人とオーストリア人が闘っている。
日本人にはあまり馴染みのない戦史だ。
全編を通して、
4メートル以上の積雪のなかに構築された
塹壕のような前哨基地と、
周囲に広がる荘厳なアルプスの山々、
そして満月の月明かりの下で物語が進む。
タイトルと美しいジャケットに惹かれて、
これは山を舞台にした作品なのだろうと勝手に想像。
なんの予備知識も持たずに観た。
たしかに山の映画ではあったが、
いやはやこれはなかなかの重量級映画であった。
目と鼻の先に位置するオーストリア軍からの砲撃を受け、
兵士たちは家族から届く手紙を待ちわび、
そして家族に手紙を書きながら戦意も喪失して死んでゆく。
バルカン半島で発生したインフルエンザの猛威がここにも及び、
司令部にインフルエンザ薬の補給を頼むものの、
届いたのはなんとマラリアの薬という、
笑うに笑えない悲劇。
このあたりに前線と司令部との切迫感が
いかに乖離しているかが伝わってくる。
映画の最後に映し出される、
「戦争とは休みなく世界を歩く、醜い獣である」
という言葉がいつまでも脳裡に残る。
監督は『木靴の樹』のエルマンノ・オルミか。
なるほど。
2014年のイタリア映画。
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# by apolro | 2018-02-20 10:04 | 映画で旅する | Comments(0)

2018年銭湯行脚十一湯目、不動前『松の湯』。

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安吾忌を過ぎても銭湯行脚。
2018年銭湯行脚十一湯目は不動前の『松の湯』。
目黒線の不動前駅からほど近く、
目黒不動からも10分ちょいの距離ではないだろうか。
そこを今回は五反田駅から歩く。
五反田駅前から続く第二京浜の広い歩道をてくてくと。
まわりにはビルが建ち並び、
こんなところに銭湯があるのだろうかと若干不安になりつつも、
東京卸センターの裏手に回ったあたりから、
急に古い住宅街が広がりだす。
一見ビルだらけの東京でも、
国道をちょっと裏手にまわるだけで、
こんな街並みが残るんだなあ。
その間を縫うように歩いたところに『松の湯』はあった。
おお。
これまた立派な宮造り。
何も知らない外国人旅行者だったら、
本当にお寺と勘違いしてしまうのではないだろうか。
入ってすぐのところにフロントがあって、
そこでおばちゃんにお金を払ってから、
男女それぞれの暖簾をくぐってゆく。
格天井の脱衣所から木枠のガラス戸を横に開いて浴場へ。
地元のかただろう、
なかにはすでに4人ほどの先客がいた。
木桶にお湯を張り、
身体を洗ったうえでさあ入浴。
浴槽は三つに分かれている。
左のは下から泡がブクブクと湧きだしている泡風呂。
中央は側面からいくつもの水流が噴射されており、
誰も入っていないと、
鳴門の渦潮よろしく渦を巻いている。
右手は通常の静水、フラットウォーター。
まだ誰も入っていないのだろうか、
波ひとつ立たず水面はまるで鏡のようで、
三者三様それぞれの対比がおもしろい。
泡風呂は思ったよりも深く、
腰くらいまである。
縁沿いの一段高くなっているところに座ればちょうどよいが、
底に座ったら絶対に溺れる深さ。
湯船に落ち着いて場内を眺めれば、
木枠のガラス戸は入口だけでhなく、
銭湯独特の、
高いところに据えられた窓もすべて木枠なのに気づく。
メンテナンス大変だろうな。
銭湯絵は定番の富士山だが、
構図がちょっと変わっている。
富士山の手前にそこそこの山並みが続き、
そのさらに手前には湖。
果たしてどこから眺めた富士だろう。
風呂から出た後にトイレに行きたくなって、
「トイレ」と書かれた扉を開いたら、
いきなり縁側に出てびっくり。
トイレは縁側の突き当たりなのであった。
帰り際にフロントのおばちゃんに尋ねたところ、
現在の建物は昭和36年に建てられたものだそうだが、
銭湯自体は昭和初期の創業らしい。
その間にも一度立て直しがあったそうだ。
年期の入った建物をしっかり手入れしつつ
維持していることへの誇りを見せながらも、
「この商売も最近は大変でねえ、果たしていつまで続けられるか……」
と語るおばちゃんはちょっと淋しげだった。
そんなこと言わずにいつまでも頑張ってくださいな。
黄昏どきの外に出ると、
向かいにあるグラウンドから、
野球の練習に勤しむ子どもたちのかけ声が遠く響いていた。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-19 10:52 | 銭湯行脚 | Comments(0)

エストニアはタリン港の廃墟ターミナル。

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エストニアへ渡るフェリーには、
大きなフェリーでのんびり行くのと、
小さなジェット船でビュッと行くのがあった。
大型フェリーのほうは設備も豪華で、
ちょっとしたクルーズ気分を味わえるらしい。
所要時間もそれほど極端に違うわけでもないようだ。
普通ならのんびり派を選ぶところだが、
このときは時間の都合でジェット船を利用した。

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ジェット船は1時間半ほどでタリンに到着。
着いてまず驚いたのは、
港の前に巨大な廃墟が立ちすくんでいたこと。

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おそらく旧ソ連時代に造られたものなのだろう。
いくら港とはいえ、
こんなでかい広場必要ないでしょとツッコミを入れたくなる、
いかにも共産主義的な建造物だ。
いまもどこかにレーニン像が立っているのではと、
キョロキョロしてしまったくらい。
ショッピングモールだったと思われる地下街は、
完全に封鎖されていた。

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夜は悪ガキたちがたむろしているのではないだろうか。

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エストニア語と一緒にロシア語が併記されているのも当時らしい。
しかしエストニアも独立してずいぶんたつのに、
いまだにこんな古いターミナルを使わざるをえないほど、
財政状況は厳しいのかなと思っていたら、
大きなフェリーが着岸している、
真新しそうで立派な港が遠くに見えた。
なるほど。
そういうことか。
チケットを買うときに、
スピード船にしては安いなと思ったのだけれど、
それは古い港を使うことで少しでも経費を削減して、
大型フェリーに対抗しているからではないだろうか。
日本へやってくるLCCが、
成田でも羽田でもなく、
使用料が安い茨城空港を使うことがあるのと同じような理屈なのか。
いや、ただ単に小さい船はこちら側を
利用することになっているだけかもしれないけれど。
いずれにしてもそのおかげで、
こんな巨大廃墟を見物することができて、
ちょっと得した気分になった。
タリン/エストニア。2017年。
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# by apolro | 2018-02-18 10:35 | 旅の日々 | Comments(0)

雨の日の巡礼姿。

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サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼道中、
2週間も3週間も歩いていれば、
それは天気が悪い日もある。
朝起きると外はシトシトと雨模様。
それでも多くの人は出発してゆく。
一応、巡礼だからね。
本当は自分を厳しい環境に置くことによって、
神との距離感を縮めようとする行為だからね。
装備する雨具は人によってさまざまだ。
僕はゴアテックスのレインウエア上下を持っていたが、
それよりも重宝したのは傘とバックパック用のレインカバー。
雨降りとはいっても寒いほど気温が下がるわけでもないし、
そしてゴアテックスとはいえ、
100%蒸れから解消されるわけでもない。
標高もせいぜい数百メートルの丘陵地帯。
片手を傘でふさがれていると危険なような悪路も少ないので、
傘のほうが軽快かつ快適に歩けるのだ。
日本の山で林道を歩いているような感覚だろうか。
もちろん、環境がもっと厳しくなるような場所、
たとえば風雨のピレネー山脈越えといったところでは
いよいよレインウエアが活躍するだろう。
現地の巡礼者で圧倒的に多いのはポンチョ姿だ。
彼らは日頃から山を歩いているわけではないので、
そもそもゴアのレインウエアなど持っていないだろう。
そしてポンチョなら一枚で身体もバックパックもカバーできる。
さらに言えば、巡礼者には杖が象徴的なので、
杖を使いながら傘をさして両手がふさがるのは、
さすがに嫌なのかもしれない。
写真はそんな雨天時のワンシーン。
このとき僕の前方を、
かなり体格のよい人が歩いていて、
なおかつ大きなバックパックを背負い、
さらに足元まであるポンチョを被っていて、
「あの人、どこまでが身体なんだろうなー」とボンヤリ考えていた。
歩いているときに考えることなんて、
そんなもんです。
フランス。2018年。
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# by apolro | 2018-02-17 10:14 | 旅の日々 | Comments(0)

『ハーベスタ』がカッコイイ。

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サトウキビ収穫用の農耕機、通称「ハーベスタ」。
サトウキビの収穫期は冬なので、
伊平屋島でもその様子を間近で見ることができた。
そのメイン部分はなかなか複雑な構造をしていて、
なにがどうなってどうなるのか、
いまひとつよくわからないのだが、
これを用いると、
畑のサトウキビをバシバシ伐採して皮もむいて、
さらに適切なサイズに切り分けて、
うしろについている大きな籠に放り込んでくれるのだ。
あとはその籠ごとトラックで精糖工場に運ぶだけ。
なんだか見かけはガンダムに出てくる
ジオン軍のモビルアーマーのようでもありますが。
その性能をフルに活かせるどうかに、
乗り手の技量が大きく関わってくる
というところもモビルアーマーみたい。
このマシンの導入によって、
それまでは収穫期に必須とされた
アルバイト部隊が不要になったそうだ。

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もっともマシン自体もかなり高価で、
フェラーリの新車が買えちゃうような値段らしいけれど。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-02-16 11:12 | 旅の道具、日々の道具 | Comments(0)

22歳のポモドロソース。

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学生のころ、
3カ月ほど板橋で暮らしてたことがあった。
そこは本来は友人が借りている部屋なのだが、
彼が3カ月の旅に出るにあたって、
家賃を無意味に払うのはもったいないし、
かといって解約してしまうのは、
帰国したときに不安ということで、
その間、誰か住んでくれないかという申し出に手を挙げたのだ。
古い木造アパートで、
四畳半、風呂なし、トイレ共同。
ただし板橋駅からは5分ほど。
家賃は月2万円ではなかったか。
僕も翌年の大学卒業後には1年近い長旅を計画しており、
その家賃はちょっと痛かったが、
いっぽう、その長旅のためにバイトを昼夜に入れていたので、
板橋あたりに部屋があれば、
深夜の帰宅、早朝出勤にも便利ではないかと考えたのだ。
その考えは的中、
というかその部屋の近くにあったカフェに
さらにバイトを入れたのだった。
先日、ずいぶん久しぶりに
そのカフェの前を通る機会があった。
しかし残念ながらカフェはすでになく、
そこは中華料理店になっていた。
もう30年も前のことである。
当時はカフェバーが大流行だったが、
さすがにもうなくなっちゃったかあと、
ちょっと淋しい気持ちになってしまったが、
それと同時にひとつ思い出したことがあった。
当時まだ20代後半だったカフェのマスターは、
その店から100メートルほど離れたところにある
居酒屋の息子さんだったのである。
名を『松月』といった。
時間はすでに夕方5時すぎ。
ビールも飲みたい。
もしかしてという思いをかけて、
そちらの居酒屋の暖簾をくぐってみることにした。
幸いなことに、
ひとりということもあってカウンター席に案内された。
厨房のド真ん前だ。
なかで忙しく立ち働いているのがご主人だろう。
しかしそのご主人が当時のマスターかといえば、
確信がもてない。
なんとなく面影はあるが、
なにしろ最後にあったのは30年前である。
当時にくらべてずいぶんふくよかな印象だ。
もしかしたらご兄弟という可能性もある。
声をかけてみようかとも思ったが、
土曜日ということもあってか、
店はたいそう混み合っていて、
厨房はてんてこ舞いの様子だ。
こういうのは聞かないでおいたほうが、
思い出としてはいいのかもしれないなとも思い、
ふと、店内に貼られた品書きを見た。
この店は基本、和食の居酒屋なのだが、
その一角にどういうわけか充実したパスタメニューが掲げられていた。
カルボナーラ、ペペロンチーノ、ポモドロ……。
どれも僕がバイトしていた当時に教えてもらい、
僕がつくってランチに提供していたメニューだ。
それを見て、
僕の疑念は確信に変わった。
トイレに行きがてら、
ホールを預かっている女性に、
「もしかしてここのマスターは、以前駅の近くでカフェをやっていませんでしたか?」と尋ねると、
まさにビンゴ。
「ええ、やっていましたよ」
事情を話すとすぐさまマスターに取り次いでくれた。
僕が働いていたのは、
長旅に出るまでの短い期間だったので、
まず憶えていないだろうなと思ったのだが、
それでもなんとか記憶の片隅に残してくれていたようだった。
僕が声をかけた女性はマスターの奥さん。
厨房で一緒に働いている若者はなんと息子さんだった。
「どこかで見たことのある顔だと思ったんだよな」とはマスターの弁。
店の繁忙時間のなか、
短い時間ながらも当時の話を懐かしんで店を後にした。
店を出て振り返ると、
「大衆割烹」と書かれた看板の下に、
小さく赤い文字で「イタリアン」と加筆されているではないか。

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ヒントはすでに入口にあったのだ。
ちなみにそのとき学んだポモドロソースのレシピは、
今でも僕のレパートリーだ。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-15 10:14 | 旅の日々 | Comments(0)

伊平屋島のメジロはハイビスカスの枝へ。

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伊平屋島では、
メジロがハイビスカスの花をつついていた。
以前小笠原の母島に行ったときには、
バナナの花の蜜を吸っているメジロがいた。
東京ならさしずめウメやサクラの花といったところか。
わが家の庭にあるウメはようやくツボミをつけたところ。
メジロがやって来るにはまだしばらくかかりそうなので、
ここはひとつ、
枝にミカンでもさしてやろうか。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-02-14 11:28 | 旅の生き物、日々の生き物 | Comments(0)

2018年銭湯行脚十湯目、駒込『亀の湯』。

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2018年銭湯行脚十湯目は駒込の『亀の湯』。
駒込駅から徒歩数分。
先日行った板橋の『稲荷湯』は
よくぞこんな路地にというような立地だったが、
こちらの『亀の湯』は本郷通りに面しており、
その広い車道に負けないくらいの存在感がある。
歩道上に覆われたアーケードがなければ、
その存在感はさらに高まりそうだが、
まあ、これは雨の日のお客さんへの便宜なのだろう。

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入口に掲げられた大きな看板の灯りがちょっと淋しげ。

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下足箱には傘専用の箱もあって、
ここからもこの銭湯の雨に対する配慮がうかがえる。
そしてこちらの番台はちょっと構造が変わっている。
普通、番台といえば入口に背を向けて座るようになっていて、
男女ともの脱衣所を俯瞰できるものだが、
ここの番台は逆。
脱衣所に背を向けて座る構造で、
つまり番台からは脱衣所はまったく見えないのだった。
もうひとつ変わっていたのは、
番台に座っていたのが若い女性だったこと。
まだ20代ではないだろうか。
脱衣所が見えない(見なくてすむ)番台、
そして番台に座るのは若い女性。
このふたつにはきっとなにか因果関係があるに違いないと、
服を脱ぎながら勝手なことを考える。
ちなみに脱衣所に流れるBGMはなんとジャズ。
浴場に入ると、
そこには白樺の森が広がっていた。
銭湯絵が白樺の森なのだ。
しかもペンキ絵ではなく、
プリントされた写真だ。
これもこれまで入った銭湯とは一線を画している。
湯船は三つあって、
水風呂、通常の風呂、そして泡風呂。
泡風呂に浸かりながらぼんやりしていたところ、
あとから入ってきたオジサンが
いろいろと独り言をつぶやくのが聞こえてきた。
「ふー」「ひいー」「これはたまらん」……。
次から次へとお風呂への感情が吐露される。
一瞬、僕とばっちり目が合ったので、
これはなにか話しかけられるかもしれないと思ったが、
意外にもその視線はスルー。
どうやらオジサンのお眼鏡にはかなわなかったようだ。
こういう独り言おじさんって、
けっこういそうなものだが、
実際に出会ったのは今回が初めて。
もうひとり、
別のおじさんは数分おきに、
数ミリ開いている入口の扉を閉めに向かっている。
たぶん普請がすこし歪んできて、
勝手に少しずつ開いてしまうのだろう。
そしてこのおじさんはそれがガマンならないのだろう。
さらに風呂を上がって着替えているときに、
もうひとりオモシロおじさんを発見。
いや、ただ着替えていただけなのだが、
シャツを着て、
上着を着て、
さらにその上にダウンを着るにあたっても、
まだ下半身はフリチンのまま。
おお、そんな着替えかたもあるんだな。
愉快なオジサンに数多く出会えた『亀の湯』であった。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-13 09:01 | 銭湯行脚 | Comments(0)

映画『天然コケッコー』を観た。

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舞台は島根県の浜田界隈。
村には郵便局と散髪屋、よろず屋しかないような小さな農村集落。
全生徒と児童合わせて6人の小中学校に通う子どもたちと、
そこに東京から引っ越してきたひとりの男の子の物語。
叙情豊かな田園と美しい海辺に囲まれたなかで生活する子どもたちにも、
やはり悩みや憂鬱はあるわけで。
そんな淡々と流れていく日常がなんとも愛おしく感じられる。
全編島根弁で通されていて、
女の子も自分のことは「わし」というし、
「やれんのぉ」というコトバには、
学生時代、島根出身のバイト仲間が
よくこれをつぶやいていたのを思い出してしまった。
人生で島根県に行ったことはこれまで一度だけ。
広島の三次からカヌーで江の川を下って出雲を目指したときだ。
この映画に現れる風景を見ていたら、
もう一度のんびりと旅をしてみたくなった。
太田和彦さんの著書によると、
浜田にはとんでもなく素晴らしい居酒屋があるそうだし、
山本素石さんの釣り随筆を読むと、
このあたりは山釣りにうってつけの川もあるみたいだし。
主演は夏帆、そして岡田将生。
原作はくらもちふさこのコミックなんですね。
2007年の日本映画。
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# by apolro | 2018-02-12 10:34 | 映画で旅する | Comments(0)

伊平屋島の泡盛。

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伊平屋島で買ってきた泡盛を開けた。
泡盛の原料といえば
タイ産の赤米がよく使われていると聞くが、
この泡盛は島で収穫した米と、
島の水で仕込んでいるそうだ。
田んぼがある島ならではのぜいたくさ。
シークワーサーは帰りに那覇の公設市場で買ってきたもの。
これをしぼってロックで飲むと、
すっきりした味わいで、
くいくいと進んでしまう。
ちなみに絞ったシークワーサーの皮は
そのままグラスに入れっぱなしにして、
次から次へと足していくのが伊平屋流だと教わった。
たしかにこれだと自分がどれだけ飲んだかわかるし、
シークワーサーの香りもよく残るね。
ただこんなに次から次へとシークワーサーを絞るのは、
東京ではなかなかに勇気がいるけれど。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-11 11:44 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

ビーチと貝殻と私。

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ひと気のまるでない野甫島南端のビーチ。
ポツンポツンと砂浜に打ち上げられているのは
漁業用のブイだろう。
白い砂浜にブイと一人のおじさん(僕ですね)。
うーむ、どうにも絵にならん。
浜のはじっこに、
そこそこきれいな形状を残したまま大量の貝殻が溜まっていた。

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子どものときの自分なら、
夢中になって広い集めたものだろう。
いや、今でも拾いたい気持ちは満々なのだが、
たとえ拾ったとしても、
もはやそれを置いておく場所は、
家にはまったくないのであった。
今まで旅先でさんざんいろいろなもの拾って帰った末路である。
沖縄県/野甫島。
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# by apolro | 2018-02-10 11:53 | 旅の日々 | Comments(0)

『寒さと衣服』展に行った。

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昨年末から文化学園服飾博物館で開催されている、
『寒さと衣服』展に行った。
極寒の地や、砂漠など昼夜の気温差が
激しい地域に暮らす人たちの民族衣装を
耐寒性や通気性といった機能面から考察する展示会。
民族衣装というと細かな刺繍や複雑な構成など、
そのていねいな仕事と美しさに目がいきがちだが、
それは現地の気候に対応するための工夫でもあることを知った。
ジャケットに複雑に縫われている刺し子も、
ただの装飾ではなくて、
内部の中綿がずれないための処理だったり、
刺繍もそれによって生地に厚みを持たせることで
防寒性を高めるための補強の意味があるのだそうだ。
僕らがふだん着るダウンジャケットや、
外側に生地を一枚加えて寒さに対抗する
オーバージャケットと同じですね。
いわれてみれば、アノラックやポンチョといったアウトドアウエアは、
もともとは民族衣装だものね。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-09 14:23 | 旅の日々 | Comments(0)

店のオヤジさんが想像でつくったといわれるチャンポン。

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一昨年に刊行されたものだが、
『町中華とはなんだ』という本を読んだ。
「町中華」ということばはあまり聞き覚えがないが、
いわれればすぐにピンとくる。
本格中華料理店でもラーメン屋専門店でもなく、
かといって中華系チェーン店でもない。
昔からたいていはどの町にも一軒はあって、
家族経営が基本。
中華といいながらカレーやカツ丼など、
準和食もメニューに並んでいる。
気がつけば街中で見かけることも、
ずいぶん少なくなってしまった。
そんな準絶滅危惧種となってしまった
「町中華」にフォーカスしたのが本書。
その本を後半まで読んだところで、
興味深い記述のぶつかった。
現物を見たことのない店主が、
自分の想像でつくったチャンポンを出す店があるというのだ。
少し前にそんなテレビ番組がありましたね。
世界各国の料理人に、
和食の名前だけを伝えてそこから想像した料理を作ってみせよ、
というやつ。
『妄想ニホン料理』というタイトルだっけ。
店があるのは西荻窪。
家からそれほど遠くない。
先日、思いきって足を向けてみた。
店の名前は『大宮飯店』。

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佇まいはシンプルで、
看板が出ていないと飲食店かもわからないぐらい。
西荻窪とはいっても駅からは徒歩15分といったところだろうか。
入ってみると、
まだ夜の部が始まったばかりということもあってか、
僕が露払いの客のようだ。
客席は長いカウンターのみで、
それに相対して調理場が延びている。
壁には大きな「御献立表」が。

f0217617_10261273.jpg
これだ。
この膨大なメニューの種類も町中華の特徴だ。
材料の仕入れだけでも大変だろうに。
一瞬、豊富なメニューに心が揺らいだが、
今回の目的はあくまでもチャンポン。
初志貫徹して「ちゃんぽん(メニュー表記ママ)ください」と注文する。
「はいー」という返事とともに待つことしばし。
「はい、ちゃんぽんですー」とカウンター越しに
目指すチャンポンはやってきた。
おお、たしかにこれは、
僕らが知る長崎チャンポンとはずいぶん様子が異なる。
長崎チャンポンの白いスープにくらべて、
こちらは醤油っぽいスープ。
そしてあんかけ状にとろみがついていて、
そのなかに溶き卵が見え隠れ。
もやし、ニンジン、キャベツ、なるとと具材は豊富だが、
魚介類は見あたらない。
僕がこれまでに食べたことのある麺類では、
一番近い存在が広東麺かもしれない。
そして一杯のボリュームも多い。
お腹を空かせているときに来てよかった。
とろみのついたスープも、
寒空を歩いてきた身体にはうれしい。
店主のおじさんに話を聞いてみると、
この店を開いたのはかれこれ50年近くも前とのこと。
50年前といえば、
このあたりの様子もずいぶん変わったでしょうと尋ねると、
「いやあ、このあたりは当時から住宅街だから、あんまり変わってないんだよねー」という返事。
たしかに周囲は住宅ばかり。
会社もなく、前述の通り駅からも遠い。
「そうなんだよねー。西荻から15分、荻窪からなら20分かな。久我山、富士見ヶ丘からもそれくらいかなー」
そんな立地でよくも50年も続けられたものだ。
「いやあ、昔は忙しかったんだよ。朝から晩まで働きづめ。出前もやっていたし」
そうだ。昔はこういう店から出前の頼むのが普通だった。
「基本ひとりしかいないんだけど、それでも店を開きながら出前も行っていたからね。でもね、さすがに身体がしんどくなってきて、70歳になったのを機に出前はやめたよ」
えっ、70歳を機にって、親父さん今いくつ?
「もう80になった(!)」
80歳を過ぎていまだに現役。
素晴らしい。
「昔にくらべたらヒマになっちゃったけど、でも食べ物屋がチェーン店ばかりになって、どこにいっても同じ味になちゃったらつまらないでしょう」
おっしゃる通りでございます。
そうそう、店を訪ねた本来の目的であるチャンポン。
「このチャンポン、親父さんが思いつきで勝手につくったの?」とは、
小心者の僕にはさすがに質問できなかったけれど、
自分が勝手に「長崎チャンポン」をイメージしていただけで、
本来の「チャンポン」という意味が、
沖縄の「チャンプルー」と同様に
「さまざまなものをまぜこぜにしたもの」ということならば、
どのようなチャンポンがあってもそれぞれ正解ということなのだろう。
厨房を歩く親父さんはちょっと足を不自由そうにしていて、
それが心配だったが、
それでも元気でいるかぎりは頑張ってお店を続けてくださいねと、
心のなかで願いながら、
お勘定をすませて店をあとにした。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-08 10:38 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

2018年銭湯行脚九湯目、板橋『稲荷湯』。

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銭湯行脚八湯目は板橋の『稲荷湯』。
最寄り駅は板橋なのだが、
今回はわけあって王子方面から歩いてゆく。
そして驚いた。
片側三車線を自動車がビュンビュン走る中山道から
ちょっと脇に入ったところに、
こんなシブイ銭湯が現存していようとは。
宮造りの軒下には、
大きな木板に書かれた「稲荷湯」の文字。
入口も木製観音開きの引き戸だし、
銭湯の周囲を囲むのも木の塀だ。
脇には「わ」と書かれた札が吊されている。

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これは「湯が『わ』いた」の「わ」ですね。
裏側には「ぬ」と書かれていて、
こちらは「もう湯を『ぬ』いた」の意。
入ってすぐのところに早くもモザイクで描いた富士山が。

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番台を抜けてさっそく浴室へ。
身体を洗っていると隣りに外国のかたがいて、
前の木桶のなかには砂場で子どもが遊ぶのに使うような
プラスチックの熊手が入っていた。
「これで背中でも洗うのだろうか」と不思議に思っていたが、
謎はすぐに解決。
その外国人の向こう側には1~2歳の小さな子どもも一緒だった。
お父さんの大きな身体に隠れて見えなかった。
子どもがこれで遊ぶわけね。
正面の銭湯絵は西伊豆から望んだ、
駿河湾越しの富士山。
浴槽は三つに仕切られていて、
それぞれ「ぬる湯」「普通」「あつ湯」に分けられている。
「普通」の湯はすでにけっこう混み合っていて、
かといって寒い外を歩いてきた今、
「ぬる湯」に入る気はしない。
ここは勝負と「あつ湯」に足を踏み入れたのだが、
腰まで入ったところで慌てて飛び出す。
周囲から「できもしないことやろうとしやがって」と
嘲笑されていそうで、
ちょっと恥ずかしかったけれど、
こんな熱いのに入るのはいくらなんでも僕には無理。
そんなふうにひとりコントみたいなことをしているうちに、
「普通」が空いてきたので、
ようやくじっくりと肩まで浸かる。
土曜日とあってかお客さんは多い。
いや、まだ開店まもないゆえの早風呂需要か。
湯上がりに脱衣所で汗が引くのを待っていると、
冷蔵庫内に缶ビールを発見。
いいぞ。
ビールを買いがてら、
番台の上品そうなおばちゃんに話を聞く。
現在の建物は昭和5年に建てられたものだが、
銭湯自体は大正時代からやっているらしい。
「あんまり昔のことはわからないのよ。わたしもね、昔の話をもっと先代からちゃんと聞いておけばよかったのだけど」とおばちゃん。
数年前には映画『テルマエ・ロマエ』のロケにも使われたそうだ。
その間にも常連と思しき近所のお客さんがやってきて、
「○○さん、もう来てる?」なんておばちゃんに話しかけている。
もっと話を聞きたかったのはやまやまだが、
仕事の邪魔になっても悪いので、
「お世話さま」と挨拶して湯を後にした。
外に出て佇まいをあらためて眺めていると、
自転車でやってくる人、
娘を連れてきたお母さん、
ひとりでふらりと入るご隠居さんと、
続々とお客さんがやってくる。

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地元の人に愛されているんだなあと、
あらためて納得。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-07 11:50 | 銭湯行脚 | Comments(0)

ヤギのミルクとナカムラさん。

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那覇の市場を散歩しているとき、
ヤギのミルクが売られているのを見た。
以前は見かけなかったような気がする。
沖縄はヤギ食文化が一般的だから、
ヤギのミルクを飲むこと自体は昔からあったのだろう。
ただ、こうして製品化されることによって、
僕たち旅行者の目にもとまりやすくなったのかもしれない。
そしてヤギのミルクといえば、
以前勤めていた会社の上司・ナカムラさんを思い出す。
ナカムラさんは信州伊那の出身なのだが、
子どものころからヤギのミルクを飲まされるのが
嫌でしかたなかったという昔話をしてくれた。
それどころか、
当時はヤギを飼っている農家まで
ミルクを買いに行くという仕事まで仰せつかり、
しかもある日、
あろうことかせっかくヤギのミルクで一杯にしてもらったビンを
落として割ってしまうという失態を演じたのだそうだ。
その話を聞いたとき、
僕は心のなかで「『アルプスの少女ハイジ』のペーターかよ!」と、
ツッコミを入れていた。
いや、直接言ったかな。
子どものころの話とはいえ、
伊那、スゴイな。
ただ、そのとき僕はまだヤギのミルクというのものを
飲んだことがなかったし、
飲んだことがないのもちょっとクヤシかったので、
その味の善し悪しについたは何も尋ねずに黙っていた。
今回、ヤギのミルクを買って、
牧志の公設市場にほどちかい公園で、
ひとりヤギのミルクを味わった。
ヤギ肉から想像するような臭みはまったくなく、
どちらかといえば牛乳より飲みやすいくらいじゃないですか、
ナカムラさん。
沖縄県。2018年。
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# by apolro | 2018-02-06 10:28 | 旅の日々 | Comments(0)

映画『ダンケルク』を観た。

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舞台はフランス・ダンケルクの海岸。
ダンケルクはベルギーとの国境まで約10キロ。
過去にはイングランドやスペインの領土にも
なったことがあるというので、
地政学上の要衝なのだろう。
第二次世界大戦序盤、
イギリス、フランス軍は大敗を喫し、
ダンケルク海岸からのブリテン島への撤退を余儀なくされる。
包囲するドイツ軍が間近まで迫るなか、
30万を越える兵士を英国に送り届けることができるのか。
映画は撤退の様子をひたすら冷静に描写してゆく。
この映画には残虐なドイツ人兵士は出てこない。
人並み外れたヒーローのようなイギリス人も出てこない。
出てくるのは戦争というルールにしたがって行動しつつも、
必死に生きて母国に帰ろうとする兵士たち。
逃げる連合軍兵士を当然のごとく追撃するドイツ兵。
そして兵士たちを帰還させるには
圧倒的に艦船が足りないことから救出に向かう、
一般の民間人と彼らが所有する船。
「こんな船でなんで戦場に向かうんだ?」
と問われた小さなプレジャーボートを操船する老船長の、
「我々の世代が戦争を始め、子どもたちを戦場へ送ってしまった」
という言葉が重い。
撤退戦の後に高らかに語られる、
「我々は決してあきらめない、降伏しない……」的な長台詞は、
それまでのイギリスの植民地支配を考えると、
ちょっと鼻白んでしまうけれど。
監督は『ダークナイト』や『インターステラー』のクリストファー・ノーラン。
2017年のイギリス、オランダ、フランス、アメリカの合作映画。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-05 09:38 | 映画で旅する | Comments(0)

伊平屋島のオバアと村営バス。

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伊平屋島には村営のコミュニティバスが走っている。
バスとはいってもワンボックスカーを転用したもので、
10人も乗れないだろう。
島の大人は一人につき一台というくらいクルマを持っているし、
子どもたちは通学バスがあるようなので(伊平屋島教育委員会と書かれたバスに子どもたちが乗っているのを何度か見た)、
結局このバスを使うのは診療所や買い物に出かけるオジイやオバア、
そして僕のような旅行者くらい。
バスもこのくらいの規模で十分なのだろう。
バスのボディには島のゆるキャラが描かれていて、
こんなにたくさんいるんだと、
ちょっと驚く。
僕もこのバスを利用して野甫島まで行ったのだが、
帰りは島の東岸を歩いて帰ることにした。
右手には伊平屋島の美しい海が延々と広がっていて、
感動的に気持ちがいい。
途中の集落で一軒の雑貨屋を見つけたので、
ビールでも飲んでひと休みしようかと店に入ってみた。

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しかし、店に誰もおらず、
あちゃー、留守かあと落胆したところ、
いきなり店の床から
オバアがゾンビよろしくむくりと起き上がってきて、
「わあ!」と声をだすほどびっくりした。
どうやら店番をしつつ、
昼寝を満喫していたらしい。
それでもビールは買えたのでまあひと安心。
軒先の椅子に座らせてもらっていいですかと尋ねたら、
「ああ、さっきバスに乗ってた人……」
どうやら同じバスに同乗していたらしい。
たしかにバスには何人もオジイオバアが乗っていた。
そして彼女たち同士の会話が、
さっぱり、まったく、完璧に聞き取れなくて、
かえってすがすがしい気持ちになったのだった。
日本にいながらここまで言葉がわからないのは、
沖縄と、あとは津軽のオジイオバアたちの会話くらいではないだろうか。
店のオバアは僕からお金を受け取ると、
再びどっこいしょとばかりに、
コンクリートの床に横になった。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-02-04 16:54 | 旅の日々 | Comments(0)

提灯に描かれた不思議な意匠。

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秩父三十四所札所の六番札所・卜雲寺。
このお寺の本尊は、
もともとは武甲山の山頂に鎮座していたとか、
行基によって捕らえられた山姥の歯が寺宝として安置されているとか、
いろいろ興味深い話は多いのだが、
僕が一番気を引かれたのがこれ。
境内にある稲荷神社に吊されている提灯に描かれていた意匠。
図案とも、文字が変化したものともとれるこれは、
何を意味しているのだろう。
もしかしたら陰陽道的なものなのか。
ものすごく初歩的な疑問かもしれないので、
ちょっと恥ずかしいのだが、
知らないものはしかたがない。
調べようとしても、
こういう、とっかかりがない疑問って、
なかなか答えに辿り着かない。
どなたかご存じのかた、
ご教示いただければ幸いです。
埼玉県。2018年。
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# by apolro | 2018-02-03 11:54 | 旅の日々 | Comments(0)

零戦とサバニ舟。

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伊平屋島の夜。
島人の家にお呼ばれされて、
島で獲れたアオブダイやアオリイカを肴に、
泡盛をご馳走になった。
よい加減に酒がまわり、
ぼんやりと島の話を聞いていたところ、
興味深い話題が出てきた。
島に、大戦中の零戦の増槽で作ったサバニ舟があるというのだ。
零戦とは当時の日本海軍の名機。
増槽はドロップタンクとも呼ばれる、
飛行距離を稼ぐための追加燃料搭載用外付け燃料タンクだ。
そんなものが現存するならぜひ見たい。
ぜひぜひ見たいと懇願したところまでは憶えていたのだが、
その後さらに酒量が増えるにつれて意識は朦朧。
翌朝にはすっかり忘れてしまっていた。
しかし。
島人・ガブちゃんはちゃーんと憶えていてくれて、
「サトウさん、サバニ見に行きましょう」と、
僕を連れ立ってクルマに乗せてくれたのだった。
クルマで島のメインロードを南下することしばし。
それは浜辺にポツンと放置されていた。
多少コーフン気味に砂浜を駆け下る。

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全長は3メートル弱といったところだろうか。
零戦のものかはともかく、
たしかに前方がややふっくらして、
後ろがシェイプされているシルエットは、
増槽を縦に割ったらこうなるだろうという姿だ。
素材は金属のようでもあるし、
そうでないようでもある。
もしかしたらサバニとして使うにあたって、
補強のためにアルミニウムの上にFRPを貼ってあるのかもしれない。
ただ、僕らがイメージする、
高波を切って大海原を突っ走るサバニのイメージよりは、
ずいぶんと短めだ。
船内に収められている漁具を見て、
ガブちゃんは「タコ漁のものですね」といった。

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なるほど。
タコ漁ならそれほど沖合に出る必要もないから、
この長さのサバニでも事足りるのだろう。
家に戻ってから増槽についてちょっと調べてみたのだが、
機体本体や兵装にくらべると、
増槽に関する資料はびっくりするほど出てこない。
たしかにそもそも使い捨てのものだし(増槽内の燃料から消費し、会戦時には切り離して軽量化を図る)、
素材も形状もてんでんバラバラだったらしい。
ドイツでは資源回収のために「これを見つけたら警察に届けるべし」と、
増槽自体に書かれていたというし、
イギリスでは敵に回収されないように紙で作られたものもあったという。
結局、このサバニが零戦の増槽で作られたものなのか、
確証は得られなかったが、
少なくとも
なんらかの戦闘機の増槽によるものである可能性はかなり高い。
家にあった『名機250選』という本に載っていた
当時の零戦の写真とくらべてみても、
たしかによく似ているんだよなあ。
真実はいかに。

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沖縄県/伊平屋島。2018年。

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# by apolro | 2018-02-02 10:17 | 旅の日々 | Comments(0)

2018年銭湯行脚八湯目、御徒町『燕湯』。

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銭湯行脚八湯目は御徒町の『燕湯』。
御徒町駅から背の低いビル群を縫うように
抜けていったところに『燕湯』はあった。
御徒町と秋葉原の中間といったところか。
周囲のビルに挟まれて、
宮造り建築の銭湯がそのまま営業している姿にちょっと感動。
この建物は国の登録有形文化財にも指定されているそうで、
さすがに重厚感というか、迫力がありますね。
まあ、僕はこんな銭湯ばかりを狙って入りに出かけているので、
どうせならほかの銭湯も全部指定してあげてほしいところですが。
この銭湯の営業時間はちょっと変わっている。
朝6時からの営業というのは、
朝風呂好きの人を考えれば、
まあわからなくもない。
しかしここは夜の8時には閉めてしまうのだ。
以前、秋葉原には青果市場があり、
早朝の市場を閉めてから多くの人がここに入りにきたことから、
そんな営業時間になったそうだが、
逆に現在ではこの界隈の夜間人口というか、
それ以降の時間に風呂に入りにくる層が少ないということだろうか。

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入口に掲げられた「男湯」の表示。
最近は男女区別の表示には
外国人でもわかるようにアイコンを用いることが多いので、
文字、しかも漢字というのはちょっと新鮮だ。
脱衣所にはロッカーがあり、
100円入れて鍵を閉め、
鍵を開けるとその100円が戻ってくるシステム。
鍵を持ち帰りを防ぐためか。
浴室に入ると意外と気温が低く、
ちょっとブルッときた。
そのせいか眼鏡も曇らない。
急いで身体を洗って湯船に身体を沈める。
湯船の脇には富士山の溶岩を用いてつくった
滝のような構造物がある。
このときは流れていなかったが、
中央には滝を思わせる沢筋があったので、
ここからお湯が流れ出てくることもあるのかもしれない。
ちなみに登録有形文化財には、
この溶岩構造物も含まれているのだそうだ。
さてこの日はこの後、
学生時代の友人コジマ君に召集を受けている。
大のゴジラ好きの彼に、
「おまえたち、『シンゴジラ』を観たといっておるが、どうせうわべをなぞっているだけであろう。作中どこにどんな見どころが隠されているかオレがひとつずつ解説してやる」
と呼び出され、
持ち込みDVDをかけられるカラオケに行かねばならぬのだ。
御徒町から銀座へは歩いて行こう。
外は厳寒。
湯冷めしないように、
いつもより入念に暖まって燕湯を後にした。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-02-01 10:55 | 銭湯行脚 | Comments(0)

伊平屋島でモズクの天ぷらを頬張る。

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子どものころからモズクは好きな食べもののひとつでしたって、
今から考えると我ながらシブイ子どもですね。
ただそうはいってもそのころのモズク料理といえば、
酢の物一辺倒。
たぶん親もそれ以外の料理法を知らなかったんじゃないだろうか。
なので沖縄に初めて来て、
汁物にたっぷり入ったモズクを食べたときには感動しました。
モズクにこんな満腹感を得られる食べかたがあったのかと。
モズク自体もそれまでに酢の物で食べていたものよりもずっと太くて、
まさに麺類のような食感。
実は沖縄はモズクの一大産地で、
国内のモズク生産量の95%以上を占めているのだとか。
そしてそのなかでも、
先日訪れた伊平屋島はモズクの主要産地なのだそうです。
島でモズクを食べるチャンスがあればいいなと期待していたところ、
いきなりフェリー乗り場を出たところにありましたよ。

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乗り場正面にある小さなお店のメニューには
さまざまな天ぷらメニューが掲げられていたのですが、
そのなかに「モズク」の文字が。
さっそくひとつ注文すると、
厨房からは「ジャーッ」という油の爆ぜる音が聞こえてきます。
沖縄でいう天ぷらというのは、
内地のサクサク、ホクホクが身上なのとはちょっと違っていて、
どちらかといとサクサク、ムッチリという、
フリッターに近いタイプが多いのですが、
やがて手渡されたのはかき揚げタイプ。
初めから塩味がついているところは、
いつものかき揚げとはちょっと違いますね。
そして驚くのはその大きさ。
子どもの顔くらいあるのではないでしょうか。
揚げたてアッツアツのこんなのを頬張ったら、
当然アレがほしくなりますよね。
多少慌て気味に「おばちゃん、ビール置いてないの?」と尋ねると、
「うちにはないけど(ガーン!)、フェリー乗り場の漁協売店に売ってるよ(よっしゃあ!)」との答え。
イイ大人が天ぷら頬張りつつ、
漁協売店に走ったのはいうまでもありません。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-01-31 11:43 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

映画『海燕ジョーの奇跡』を観た。

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舞台は本土復帰まもない沖縄。
暴力団同士の抗争のなか、
弟分を殺された主人公は、
報復に相手側の親分を射殺するが、
それによって警察と暴力団の両方から追われることになる。
大方が本土へ逃げるだろうと予想するなか、
フィリピン人を父に持つ主人公は、
一見どんづまりの南へと向かう。
沖縄本島から小さなサバニ舟で宮古島、そして与那国島へ。
与那国島からは、
復帰前に台湾との密貿易で一旗あげていた
オバアのつてで台湾人漁船に便乗して台湾へ。
さらに台湾南部に住む海洋少数民族の
アウトリガーつきカヌーでフィリピンへと至る。
原作は佐木隆三。
主人公役はまだ若き日の時任三郎。
まわりを三船敏郎、田中邦衛、原田芳雄といったベテランが固める。
タイトルにある「海燕」とは、
大海原を自由に飛び回るウミツバメの姿を主人公になぞらえたもの。
そしてこのルート、
僕も学生のころになんとか実行できないかと、
あれこれと調べたコースだ。
飛行機を使わずにフィリピンへ。
当時はまだ石垣島から台湾北端の基隆に渡るフェリーがあったので、
そこまでは問題なかった。
しかし、そのまま陸路で台湾を南下してからの、
その先がなかった。
どう調べても台湾とフィリピンをつなぐ船はなく、
唯一マカオまでなら年に数便、
貨客船があるらしいと知ったところでギブアップ。
そうこうしているうちに、
石垣島と基隆を結ぶフェリーも廃止になってしまった。
フィリピンまで行ければ、
その先はフェリーでマレーシアへ、インドネシアへ。
タイ、ベトナム、中国、韓国、日本と、
東アジアから東南アジアにかけて、
ぐるりと飛行機を使わずに一周できるのになあと妄想していた。
せめて台湾までだけでも船で行っておけばよかった。
旅に「そのうち」はない。
そんなことを教えてくれたできごとのひとつ。
1984年の日本映画。
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# by apolro | 2018-01-30 10:19 | 映画で旅する | Comments(0)

妖怪の棲む島。

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沖縄本島にはキジムナーと呼ばれる
妖怪がいるというのはよく知られた話。
奄美大島にケンムンという妖怪がいるのもまあ知られた話。
けれども去年行った喜界島にガナオーという、
同様のもののけがいるのは島に行って初めて知った。
そして今回出かけた伊平屋島にもやはりいた。
その名前はアカカナジャー。
子どものような姿をしていて、
真っ赤な髪の毛をしていることからそう呼ばれているとのこと。
昔話の類かと思いきや、
昨今でも目撃例はあるようで、
なかにはクルマの後ろから追いかけられたという話もあるらしい。
そして伊平屋島から500メートルしか離れておらず、
今では橋でつながっている野甫島にも仲間はいた。
その名はフィーフィー。
野甫島の沖合に浮かぶ写真の無人島には、
フィーフィーガマと呼ばれる、
フィーフィーが棲んでいる洞窟があるのだそうだ。
こんなに近い島なのに、
名前がまったく異なるのがおもしろい。
僕はそういうものを見る資質はまったくないし、
なくてよかったと思っているぐらいなのだが、
アカカナジャーやフィーフィーくらいなら、
一度くらいは見てもいいかな。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-01-29 11:10 | 旅の日々 | Comments(0)

2018年銭湯行脚七湯目、神楽坂『熱海湯』。

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銭湯行脚七湯目は神楽坂の『熱海湯』。
学生時代の四年間、
神楽坂から至近の飯田橋で過ごした。
なので神楽坂へはよく行ったが、
その当時の神楽坂は現在のようにお洒落な飲食店が建ち並ぶ前で、
花街の残滓をほのかに感じさせるような街だった。
当然、貧乏学生が入れるような飲み屋も少なく、
あの坂道や路地をうろうろするのが関の山。
この熱海湯も当時から知ってはいたが、
あえて銭湯に入ろうという気にならなかったのは、
若さ故の気持ちの余裕のなさか。
いや、財布の余裕のなさかな。
用事があって久しぶりに飯田橋へ行ったところ、
いきなり飯田橋駅の西口がなくなっていて驚いた。

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道筋から改札を抜けてホームまで、
いっさい階段なしで行ける駅は東京では希有な存在だっただろう。
外堀公園沿いにある母校も、
僕が通っていた頃の面影は見る影もなく、
もはや懐かしいという気持ちすら起こらなかった。
そんななか、熱海湯は昔と変わらぬ場所で、
変わらぬ建物で営業していた。
細い路地を歩き、
小料理屋、豆腐屋という並びのその隣りにある佇まいも、
神楽坂らしくていいな。

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染め抜きの暖簾も神楽坂らしい。
すっぽんぽんになって浴室に入ると、
眼前には銭湯絵王道の富士山。
身体を洗おうと、
お馴染みの黄色いポリエチレン製風呂桶を手にしてちょっとびっくり。
この桶といえば「ケロリン」の広告入りが鉄板だと思っていたのだが、
ここのはケロリンではなく、
なんと「モモテツ」。
つまりゲームの『桃太郎電鉄』だ。
こんなパターンもあるんだな。
僕が学生のころ、
この近くにモモテツのメーカーである
ハドソンがあったのを思い出したけれど、
それとなにか関係あるのだろうか。
ちょうどよい温度の湯船に浸かり上を仰げば、
天井の水色が目にやさしい。
湯上がりどき、
番台に座っていたおばちゃんに、
「飯田橋駅の西口、なくなちゃったんですね」と話しかけると、
「そうなのよ。電車に乗るのに向こう側まで廻らなくちゃならなくて不便でね。でも、2年ぐらいしたら、また新しい西口ができるみたいよ」
と教えてくれた。
「僕も学生時代、飯田橋駅を使っていたんですけど、あのころはまだ映画館の佳作座もありましたね」といったところ、
「あら、あなたけっこういいお歳なのね」と笑われた。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-01-28 11:55 | 銭湯行脚 | Comments(0)

厳寒の東京にて沖縄を想う。

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東京では、
一日の最高気温が5℃も越えないような日が数日続き、
ついつい先週滞在していた沖縄の陽気を思い出してしまう。
最北端の伊平屋島といえども最高気温24℃。
朝がたの一番気温が下がる時間帯でも18℃ほどだった。
日中はTシャツ一枚で余裕で行動。
伊平屋島とは橋で繋がっている野甫島では、
すでに菜の花が満開だった。
これなら一年を通して暖房を使うことがほとんどないというのも納得だ。

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ガジュマルの樹と寄り添うように立つ木製の電柱が、
青い空と白い雲の下でよい雰囲気。
沖縄は、
もう春が近いんだなあ。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-01-27 11:05 | 旅の日々 | Comments(0)

48年ぶりに東京が−4℃以下を記録した朝。

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48年ぶりに東京が−4℃以下を記録した朝。
まず心配したのは洗濯機。
うちの洗濯機は野外設置なので、
そのための水道配管も当然外にある。
おそるおそる洗濯機のスイッチを入れると、
案の定、水が出ない。
やはり凍結しているようだ。
ただ、洗濯機との接続ホースを外して蛇口をひねってみると、
水道水は普通に流れた。
接続ホース内に残っていた水が凍ったのが原因のようだ。
そこにお湯をかけてなんとか復活。
もうひとつ。
庭先の睡蓮鉢の水がガチガチに凍りついている。
表面に氷が張る程度なら冬にはよくあることだが、
今回はどこまで凍っているのか見当もつかない。
僕のひ弱な正拳突きではビクともしない。
拳を骨折するかと思った。
睡蓮鉢の水深はおよそ40センチ。
まさか底まで完全結氷?
このなかではメダカやヌマエビが越冬している。
心配だけれども、
こうなってはどうにもしようがない。
どうか底に水が残っていて、
そこでしのいでくれていますように。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-01-26 11:26 | 旅の生き物、日々の生き物 | Comments(0)

北緯27度線が横切る島。

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南北に長い伊平屋島の海岸線をひとりで歩いていた。
ほかに歩く人はなく、
たまにクルマが通りすぎるばかり。
横に「伊平屋村給食センター」と
書かれたトラックが僕を追い越してゆく。
時間は昼前。
伊平屋島とは橋で繋がっている
野甫島の小学校へ給食を運んでいるのだろうか。
そんなことをぼんやり思いながら道端を見やると、
一本の標識が立っていた。
そこには「北緯27度線」と記されている。
一瞬、「はて。北緯27度線ってなんだっけ?」と不思議に思ったが、
しばらく考えたところで気がついた。
これは米軍統治時代の日本との分断ラインだと。
敗戦当初は北緯30度線が分断ラインに設定されていたのだが、
1953年に奄美群島の本土復帰に伴い、
あらたに設定されたのがこの北緯線だった。
なぜすぐにピンと来なかったのかといえば、
この島でこの標識を見るまでは、
北緯27度線というのはすべからく海上を横切っているものと
勝手に思い込んでいたせいだ。
おそらく、伊平屋島の東に位置する
奄美群島最南端の島・与論島の南側に
分断ラインを機械的に設定したために、
結果、伊平屋島の島内に分断ラインが
かかってしまったのではないだろうか。
もちろんだからといって、
伊平屋島の北側だけが1953年に、
先んじて返還されたわけではないのだが。
道端の標識はなんの解説もなく、
ただひっそりと立っていた。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-01-25 10:27 | 旅の日々 | Comments(0)

映画『雪国』を観た。

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東京に4年ぶりの大雪が降った夜。
それに合わせて観た映画は『雪国』。
いうまでもなく原作は川端康成の同名小説。
東京から訪れた男と温泉地の芸者・駒子との哀しい物語。
恥ずかしながら原作は読んでいない。
けれども、あのあまりにも有名な冒頭は知っているので、
映画の始まりが雪のない春だったことにちょっとビックリ。
えっ、なにか壮大な勘違いとしていたかと慌てるが、
やがてそれが前振りであることがわかりホッとする。
国境の長いトンネル、
上越線の清水トンネルを越えるとそこは雪国。
昔、谷川岳を登るときはたいていあのトンネルを抜けて、
土合駅の長い長い階段を登って地上に出たものだが、
上越新幹線の開通によって、
そのルートを使うこともめっきり減ってしまった。
映画の舞台は野沢温泉。
そこに至る途中で下車する、
当時の越後湯沢駅がカッコイイ。
物語の時代設定は昭和10年代。
主人公が滞在する温泉旅館も木造で味のある建物だ。
それを見ながら気づいた。
自分がよく使う「ひなびた」というのは、
この時代の建物のことなんだなあと。
今でも山懐の山小屋に行くと、
たまにこんな建物に出会えて嬉しくなる。
劇中にたびたび響くのは蒸気機関車の汽笛。
蒸気機関車で新潟に向かうのが当たり前だった時代だ。
大雪のときは蒸気機関車の前に除雪車が連結され、
ときには機関車が重連で走る光景が、
今となっては新鮮だ。
若き日の岩下志麻、
そしてまだ少女のような面影の加賀まりこを軸にして
物語は進んでゆく。
1965年の日本映画。
東京都。2018年。
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# by apolro | 2018-01-24 14:11 | 映画で旅する | Comments(0)

水平線の向こうに鹿児島県が見える。

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伊平屋島は沖縄県の最北端に位置する島だ。
そしてその伊平屋島の最北端にあたるのが田名岬。
つまりここが沖縄県の県境で、
その先には鹿児島県の奄美群島が広がっている。
実際、田名岬の先端に立って、
水平線に目を凝らすと、
与論島の島影をうっすらと確認することができた。

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このとき、
地図でしっかり位置関係を確認しないで探そうとすると、
ついつい伊平屋島の北の海上に目を向けがちだが、
その方向に与論島はない。
与論島があるのは伊平屋島の真東。
つまり沖縄の伊平屋島と鹿児島の与論島は、
南北に位置するではなく、
東西に並んでいるのだった。
緯度的にも両方の島はほぼ一緒。
それでも1972年に沖縄が返還されるまでは、
ここが日本と占領下の沖縄を分かつ国境だったのだ。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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# by apolro | 2018-01-23 14:22 | 旅の日々 | Comments(0)