その日は予定より早めに下山でき、
バスの時刻まではまだ1時間以上あった。
寒いなか、
ぼーっとバスを待っているのもなんだし、
まだ若干歩き足りないのもあって、
そのまま北秋川街道をテクテクと歩き出す。
平日のせいか車の往来も少ない。
小一時間ほど歩いただろうか、
街道沿いに一軒の蕎麦屋が見えた。
下山後に食堂に寄ろうとすると、
かなりの確率で中休み時間にぶつかることが多い。
飲食店はたいてい14〜17時くらいは暖簾を下げていることが多く、
これが下山時間にかぶるのだ。
このときもあまり期待はしていなかったのだが、
店の前まで行ってみるとなんと営業中。
早めの下山が功を奏した。
街道から石の階段を登って、
引き戸を開くと
「いらっしゃいませ」の声。
大丈夫、ちゃんと営業しているようだ。
暖かな店内に一瞬眼鏡が曇る。
古い民家を改装したらしいその蕎麦屋は、
ご主人の趣味だろうか、
店内外にさまざまな骨董品が羅列してあった。
古い機織り道具からホウロウ看板、
果てはオートバイまで。
そのなかに一見なんだかわからないものが、
二つ並べられていた。
不思議に思って近寄ってみると、
解説が書かれており、
それによればこれは一式戦「隼」の車輪なのだとか。
隼といえば、
先の大戦序盤で日本陸軍が誇った戦闘機だ。
『加藤隼戦闘機隊』なんて映画にもなった。
その隼の車輪がなぜこんな山中の蕎麦屋に?
その答えはメニューに貼られていた新聞の切り抜きにあった。
なんでもここのご主人、
この蕎麦屋以外にも、
シーズン中は北秋川沿いのキャンプ場も運営していて、
そこで使うリヤカーを探していたのだそうだ。
そんなとき、
ある農家の農機具置き場に置かれていた古びたリヤカーを発見。
格安で譲りうけたところ、
結果、そのリヤカーのタイヤに隼の車輪が流用されていたのだ。
テレビ番組『お宝! なんでも鑑定団』にも出品して
お墨付きをもらったとのこと。
不思議な因縁があるものである。
頼んだ蕎麦はもちろんご主人の手打ち。
そして檜原産の舞茸の炊き込みご飯も、
下山後の空腹をじんわりと満たしてくれた。
ぜひともひいきの山麓酒場のひとつに加えたいところだが、
この店も営業時間は14時まで。
夜の営業がないとのことなので、
初めからこの店を山旅のゴールに定めておかないと、
なかなか難しいかもしれない。
手打ちそば「深山」。
東京都。2017年。