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酒場幻談。

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あれは僕がまだ高円寺に越してきたばかりのことだから、
もう20年以上も前の話だ。
この街には個性的な酒場が多く、
しかもそこから歩いて帰れるようになったのがうれしくて、
毎日のように次から次へと知らない店をのぞいていた。
そんなある日、
庚申通りに見知らぬ店を発見。
庚申通りというのは、
高円寺の北口では一番大きな商店街といってもよく、
高円寺駅前の純情商店街を抜けた先からクランク状に入ると、
まっすぐ早稲田通りまで延びている。
その通りを半分以上歩いた右手に、
人しか入れないような小さな路地があった。
こんなところにこんな道、
気がつかなかったなあと不思議に思い、
足を踏み入れてみた。
けれどもその路地はすぐに行き止まりになり、
その突き当たりには一軒の小さな古い酒場があった。
つまり路地はその店専用なのだった。
少し不安だったが、
高円寺の酒場でぼられたという話も聞いたことがなかったので、
勇気を出して暖簾をくぐってみた。
店はカウンターだけのこぢんまりとしたつくりで、
5人も入れば満席といったところ。
カウンターの向かいに立ったおばちゃんは、
初めての僕にも愛想よく応対してくれた。
まだ早い時間のせいか客は僕ひとり。
聞けばその女性は沖縄の出身とのことで、
僕が「高円寺には沖縄料理の店がいくつもありますね」と話しかけると、
「みんな大きな店で立派だねー。うちはこんなだけど」と、
笑いながら、
ちょっと自嘲気味に答えてくれた。
そこでビールを2本くらい飲んだのではなかったか。
小一時間滞在の後、
お会計をしてもらって店を出た。
そのころはまだまだ知らない店を探索するのが楽しくて、
しばらくはその店を訪れることはなかった。
2〜3年したころだろうか。
急にあの店のことを思いだし、
あのおばちゃん元気かなと思って、
行ってみることにした。
しかし。
その店がなかったのである。
店を閉めたとか、店が変わったという話ではない。
なぜなら店舗はおろか、
そこに至る路地ごとそっくり消えていたのだ。
周辺には新たに区画整理がされたような気配もない。
そのへんを何度も行き来して、
あの路地を捜してみたのだがやっぱりない。
しかたがないので、
近所の別の店に行って、
ビールを飲みながら考えた。
あの店どうしちゃったんだろう。
店をたたんで沖縄に帰ったのだろうか。
でもそれならあの店舗、路地はどうなった?
いや、まて。
そもそもあの店は本当にあったのだろうか。
入ったのはたしかまだ一軒目だったから、
そんなに酔っ払っていたとは思えない。
夢と現実が混濁してしまったのか。
それにしてはおばちゃんとの会話が生々しすぎる。
あるいは狐狸の類に化かされたのか?
狐はともかく、
狸は高円寺でも見かけたことはあるが、
あの日、帰ったあとに財布から葉っぱ出てきた記憶もない。
結局いくら考えても答えは見つからず、
少しずつ押し寄せてくるアルコールの波にのまれ、
やがて記憶の海に沈んでいった。
しかし、いつかまた、
不意にあの路地が現れるのではないか。
そしてなにごともなかったように、
あのおばちゃんが笑顔で迎えてくれるのではないか。
今も夜の庚申通りを徘徊するたびに、
そんなことを考える。
東京都。2017年。

by apolro | 2017-02-26 11:03 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

今日の旅、昔の旅、そして狭間のよしなしごと。

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