旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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2018年 05月 20日 ( 2 )


今度の島旅は北へ!

f0217617_17504832.jpg
今度の島旅は北へ。
GW明けの閑散期、たまったマイルで千歳へのチケットが取れたので、
そこから一気に高速バスで北上。
羽幌からさらにフェリーに乗り継いで天売島、焼尻島を目指す。
今日、2万5000分の1地形図を買ってきたら、
一枚に両方の島が収まっていてちょっと得した気分だったが、
よく考えたら情報ゼロの海の部分が大半を占めていて、
やっぱりこれは損だなあ。
天気予報によると、
最高気温25℃、最低気温5℃といったところらしいので、
装備は夏の北アルプスのテント山行を想定すればいいかな。
そしてこの地形図を読んではじめて、
天売島と焼尻島の間の海峡を「武蔵水道」と呼ぶことを知った。
道北の島と島の間に、
なんで「武蔵」なんていう名前がつけられたのだろう。
これは明日、現地に行ってからの宿題だな。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-05-20 17:51 | 日々のなかの旅 | Comments(0)

2018年銭湯行脚二十二湯目、国分寺『孫の湯』。

f0217617_10363979.jpg
2018年銭湯行脚二十二湯目は国分寺の『孫の湯』。
国分寺から歩いて行ったけど、
距離的には西武国分寺線の恋ヶ窪駅のほうが近いのだろう。
西武国分寺線沿いの広い道を歩き、
途中からうねるように曲がりくねる古い道を入ってゆくと、
畑の向こうに煙突発見。
銭湯というと人が多い市街地にある印象が強いので、
畑越しに見える銭湯という構図はちょっと珍しい。
やがて現れたのは威風堂々たる宮造り銭湯だ。
隣接する何軒かの飲み屋が気になるが、
まずはお風呂である。
軒下の造作は左官屋の鏝によるものか。
磨りガラスに「男湯」とレリーフされた引き戸を開け(当たり前だ)、
見上げるとそこには番台。
座っているおばあちゃんに「こんちは」と声をかけ、
460円を払うと黙ってロッカーの鍵をくれた。
平日の夕方4時すぎということもあって、
先客はわずかにふたり。
そのうちのひとりは僕と入れ違いで上がっていったので、
実質二人だけである。
年季の入った引き戸を開いて浴室に入って驚いた。
一般的に東京の銭湯の浴槽というのは、
入って一番奥、銭湯絵の下にあるというのが定番なのだが、
ここの浴槽は男湯と女湯を分ける壁沿いにある。
そして銭湯絵はなし。
その代わりというわけではないだろうが、
奥の壁から男女湯を仕切る壁にかけては豪快な岩風呂風になっている。
一番大きな岩は直径1メートル半ほどはある
巨岩といってもよいスケールで、
山でこんな落石には絶対遭いたくないというほどのもの。
ほかにも大小さまざまな岩が組まれ、
すき間や上部は溶岩で埋められている。
なんだかクライミングジムよろしく登ってみたくなる。
浴槽はふたつあり、
底から出る泡風呂系と横から噴出するジェット系。
湯加減は僕にはちょうどよい。
浴室の奥には扉があって、
あれはボイラー室への直行便だろうか。
湯上がりに番台のおばあちゃんに創業を尋ねると、
間髪入れずに「昭和40年です」という言葉が返ってきた。
おお、ひとつだけ僕の年下。
よいお風呂ですねというと、
「私と一緒に年取っちゃってねー」と笑って答えてくれた。
脱衣所の壁に何枚もの額が飾ってある。
鶴や招き猫の絵とともに、
「大入り」とか「千客万来」とか書かれているで縁起物なのだろう。
こういうものをなんと呼ぶのかわからなかったので、
恥をしのんでおばあちゃんに尋ねると、
「祝い額、っていうのよ。たぶん」と教えてくれた。
不肖常識知らず、勉強になりました。
ちなみに入るときに気になったあの飲み屋街。
こちらも尋ねてみると、
「昔は賑わっていたんだけどねえ。みんなやめちゃった」と、
話すその姿はさすがにちょっと淋しそう。

f0217617_1037977.jpg
惜しいなあ。
湯上がりにあれらの店がやっていたら、
絶対入っちゃうだろうな。
外に出てから脇の道を入ると、
孫の湯の裏手に出た。
銭湯の裏側ってあまり見る機会がないが、
ここの裏側は完全に一般家屋風。

f0217617_10373278.jpg
これって普通なのだろうか。
帰り道を歩きながら、
今でも周囲に畑が残るような場所に、
なぜ50年以上も前に銭湯ができたのだろうと考えていたのだが、
途中でもしやと気づくことがあった。
国分寺駅近くになると現れたのが、
広大な日立製作所の中央研究所。
もしかしたらそこで働く単身風呂なしアパート族が、
かつては孫の湯に通っていたのではないだろうか。
そして湯上がりにはあの飲み屋長屋で盛り上がっていたのではないだろうか。
兵どもが夢のあと。
勝手な想像かもしれないけれど。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-05-20 10:40 | 銭湯行脚 | Comments(0)