旅と暮らしの日々 by sato tetsuya


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<   2018年 01月 ( 26 )   > この月の画像一覧


伊平屋島でモズクの天ぷらを頬張る。

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子どものころからモズクは好きな食べもののひとつでしたって、
今から考えると我ながらシブイ子どもですね。
ただそうはいってもそのころのモズク料理といえば、
酢の物一辺倒。
たぶん親もそれ以外の料理法を知らなかったんじゃないだろうか。
なので沖縄に初めて来て、
汁物にたっぷり入ったモズクを食べたときには感動しました。
モズクにこんな満腹感を得られる食べかたがあったのかと。
モズク自体もそれまでに酢の物で食べていたものよりもずっと太くて、
まさに麺類のような食感。
実は沖縄はモズクの一大産地で、
国内のモズク生産量の95%以上を占めているのだとか。
そしてそのなかでも、
先日訪れた伊平屋島はモズクの主要産地なのだそうです。
島でモズクを食べるチャンスがあればいいなと期待していたところ、
いきなりフェリー乗り場を出たところにありましたよ。

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乗り場正面にある小さなお店のメニューには
さまざまな天ぷらメニューが掲げられていたのですが、
そのなかに「モズク」の文字が。
さっそくひとつ注文すると、
厨房からは「ジャーッ」という油の爆ぜる音が聞こえてきます。
沖縄でいう天ぷらというのは、
内地のサクサク、ホクホクが身上なのとはちょっと違っていて、
どちらかといとサクサク、ムッチリという、
フリッターに近いタイプが多いのですが、
やがて手渡されたのはかき揚げタイプ。
初めから塩味がついているところは、
いつものかき揚げとはちょっと違いますね。
そして驚くのはその大きさ。
子どもの顔くらいあるのではないでしょうか。
揚げたてアッツアツのこんなのを頬張ったら、
当然アレがほしくなりますよね。
多少慌て気味に「おばちゃん、ビール置いてないの?」と尋ねると、
「うちにはないけど(ガーン!)、フェリー乗り場の漁協売店に売ってるよ(よっしゃあ!)」との答え。
イイ大人が天ぷら頬張りつつ、
漁協売店に走ったのはいうまでもありません。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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by apolro | 2018-01-31 11:43 | 飲む日々、酔う旅、美味しい時間 | Comments(0)

映画『海燕ジョーの奇跡』を観た。

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舞台は本土復帰まもない沖縄。
暴力団同士の抗争のなか、
弟分を殺された主人公は、
報復に相手側の親分を射殺するが、
それによって警察と暴力団の両方から追われることになる。
大方が本土へ逃げるだろうと予想するなか、
フィリピン人を父に持つ主人公は、
一見どんづまりの南へと向かう。
沖縄本島から小さなサバニ舟で宮古島、そして与那国島へ。
与那国島からは、
復帰前に台湾との密貿易で一旗あげていた
オバアのつてで台湾人漁船に便乗して台湾へ。
さらに台湾南部に住む海洋少数民族の
アウトリガーつきカヌーでフィリピンへと至る。
原作は佐木隆三。
主人公役はまだ若き日の時任三郎。
まわりを三船敏郎、田中邦衛、原田芳雄といったベテランが固める。
タイトルにある「海燕」とは、
大海原を自由に飛び回るウミツバメの姿を主人公になぞらえたもの。
そしてこのルート、
僕も学生のころになんとか実行できないかと、
あれこれと調べたコースだ。
飛行機を使わずにフィリピンへ。
当時はまだ石垣島から台湾北端の基隆に渡るフェリーがあったので、
そこまでは問題なかった。
しかし、そのまま陸路で台湾を南下してからの、
その先がなかった。
どう調べても台湾とフィリピンをつなぐ船はなく、
唯一マカオまでなら年に数便、
貨客船があるらしいと知ったところでギブアップ。
そうこうしているうちに、
石垣島と基隆を結ぶフェリーも廃止になってしまった。
フィリピンまで行ければ、
その先はフェリーでマレーシアへ、インドネシアへ。
タイ、ベトナム、中国、韓国、日本と、
東アジアから東南アジアにかけて、
ぐるりと飛行機を使わずに一周できるのになあと妄想していた。
せめて台湾までだけでも船で行っておけばよかった。
旅に「そのうち」はない。
そんなことを教えてくれたできごとのひとつ。
1984年の日本映画。
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by apolro | 2018-01-30 10:19 | 映画で旅する | Comments(0)

妖怪の棲む島。

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沖縄本島にはキジムナーと呼ばれる
妖怪がいるというのはよく知られた話。
奄美大島にケンムンという妖怪がいるのもまあ知られた話。
けれども去年行った喜界島にガナオーという、
同様のもののけがいるのは島に行って初めて知った。
そして今回出かけた伊平屋島にもやはりいた。
その名前はアカカナジャー。
子どものような姿をしていて、
真っ赤な髪の毛をしていることからそう呼ばれているとのこと。
昔話の類かと思いきや、
昨今でも目撃例はあるようで、
なかにはクルマの後ろから追いかけられたという話もあるらしい。
そして伊平屋島から500メートルしか離れておらず、
今では橋でつながっている野甫島にも仲間はいた。
その名はフィーフィー。
野甫島の沖合に浮かぶ写真の無人島には、
フィーフィーガマと呼ばれる、
フィーフィーが棲んでいる洞窟があるのだそうだ。
こんなに近い島なのに、
名前がまったく異なるのがおもしろい。
僕はそういうものを見る資質はまったくないし、
なくてよかったと思っているぐらいなのだが、
アカカナジャーやフィーフィーくらいなら、
一度くらいは見てもいいかな。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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by apolro | 2018-01-29 11:10 | 旅の日々 | Comments(0)

2018年銭湯行脚七湯目、神楽坂『熱海湯』。

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銭湯行脚七湯目は神楽坂の『熱海湯』。
学生時代の四年間、
神楽坂から至近の飯田橋で過ごした。
なので神楽坂へはよく行ったが、
その当時の神楽坂は現在のようにお洒落な飲食店が建ち並ぶ前で、
花街の残滓をほのかに感じさせるような街だった。
当然、貧乏学生が入れるような飲み屋も少なく、
あの坂道や路地をうろうろするのが関の山。
この熱海湯も当時から知ってはいたが、
あえて銭湯に入ろうという気にならなかったのは、
若さ故の気持ちの余裕のなさか。
いや、財布の余裕のなさかな。
用事があって久しぶりに飯田橋へ行ったところ、
いきなり飯田橋駅の西口がなくなっていて驚いた。

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道筋から改札を抜けてホームまで、
いっさい階段なしで行ける駅は東京では希有な存在だっただろう。
外堀公園沿いにある母校も、
僕が通っていた頃の面影は見る影もなく、
もはや懐かしいという気持ちすら起こらなかった。
そんななか、熱海湯は昔と変わらぬ場所で、
変わらぬ建物で営業していた。
細い路地を歩き、
小料理屋、豆腐屋という並びのその隣りにある佇まいも、
神楽坂らしくていいな。

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染め抜きの暖簾も神楽坂らしい。
すっぽんぽんになって浴室に入ると、
眼前には銭湯絵王道の富士山。
身体を洗おうと、
お馴染みの黄色いポリエチレン製風呂桶を手にしてちょっとびっくり。
この桶といえば「ケロリン」の広告入りが鉄板だと思っていたのだが、
ここのはケロリンではなく、
なんと「モモテツ」。
つまりゲームの『桃太郎電鉄』だ。
こんなパターンもあるんだな。
僕が学生のころ、
この近くにモモテツのメーカーである
ハドソンがあったのを思い出したけれど、
それとなにか関係あるのだろうか。
ちょうどよい温度の湯船に浸かり上を仰げば、
天井の水色が目にやさしい。
湯上がりどき、
番台に座っていたおばちゃんに、
「飯田橋駅の西口、なくなちゃったんですね」と話しかけると、
「そうなのよ。電車に乗るのに向こう側まで廻らなくちゃならなくて不便でね。でも、2年ぐらいしたら、また新しい西口ができるみたいよ」
と教えてくれた。
「僕も学生時代、飯田橋駅を使っていたんですけど、あのころはまだ映画館の佳作座もありましたね」といったところ、
「あら、あなたけっこういいお歳なのね」と笑われた。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-01-28 11:55 | 銭湯行脚 | Comments(0)

厳寒の東京にて沖縄を想う。

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東京では、
一日の最高気温が5℃も越えないような日が数日続き、
ついつい先週滞在していた沖縄の陽気を思い出してしまう。
最北端の伊平屋島といえども最高気温24℃。
朝がたの一番気温が下がる時間帯でも18℃ほどだった。
日中はTシャツ一枚で余裕で行動。
伊平屋島とは橋で繋がっている野甫島では、
すでに菜の花が満開だった。
これなら一年を通して暖房を使うことがほとんどないというのも納得だ。

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ガジュマルの樹と寄り添うように立つ木製の電柱が、
青い空と白い雲の下でよい雰囲気。
沖縄は、
もう春が近いんだなあ。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-01-27 11:05 | 旅の日々 | Comments(0)

48年ぶりに東京が−4℃以下を記録した朝。

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48年ぶりに東京が−4℃以下を記録した朝。
まず心配したのは洗濯機。
うちの洗濯機は野外設置なので、
そのための水道配管も当然外にある。
おそるおそる洗濯機のスイッチを入れると、
案の定、水が出ない。
やはり凍結しているようだ。
ただ、洗濯機との接続ホースを外して蛇口をひねってみると、
水道水は普通に流れた。
接続ホース内に残っていた水が凍ったのが原因のようだ。
そこにお湯をかけてなんとか復活。
もうひとつ。
庭先の睡蓮鉢の水がガチガチに凍りついている。
表面に氷が張る程度なら冬にはよくあることだが、
今回はどこまで凍っているのか見当もつかない。
僕のひ弱な正拳突きではビクともしない。
拳を骨折するかと思った。
睡蓮鉢の水深はおよそ40センチ。
まさか底まで完全結氷?
このなかではメダカやヌマエビが越冬している。
心配だけれども、
こうなってはどうにもしようがない。
どうか底に水が残っていて、
そこでしのいでくれていますように。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-01-26 11:26 | 旅の生き物、日々の生き物 | Comments(0)

北緯27度線が横切る島。

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南北に長い伊平屋島の海岸線をひとりで歩いていた。
ほかに歩く人はなく、
たまにクルマが通りすぎるばかり。
横に「伊平屋村給食センター」と
書かれたトラックが僕を追い越してゆく。
時間は昼前。
伊平屋島とは橋で繋がっている
野甫島の小学校へ給食を運んでいるのだろうか。
そんなことをぼんやり思いながら道端を見やると、
一本の標識が立っていた。
そこには「北緯27度線」と記されている。
一瞬、「はて。北緯27度線ってなんだっけ?」と不思議に思ったが、
しばらく考えたところで気がついた。
これは米軍統治時代の日本との分断ラインだと。
敗戦当初は北緯30度線が分断ラインに設定されていたのだが、
1953年に奄美群島の本土復帰に伴い、
あらたに設定されたのがこの北緯線だった。
なぜすぐにピンと来なかったのかといえば、
この島でこの標識を見るまでは、
北緯27度線というのはすべからく海上を横切っているものと
勝手に思い込んでいたせいだ。
おそらく、伊平屋島の東に位置する
奄美群島最南端の島・与論島の南側に
分断ラインを機械的に設定したために、
結果、伊平屋島の島内に分断ラインが
かかってしまったのではないだろうか。
もちろんだからといって、
伊平屋島の北側だけが1953年に、
先んじて返還されたわけではないのだが。
道端の標識はなんの解説もなく、
ただひっそりと立っていた。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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by apolro | 2018-01-25 10:27 | 旅の日々 | Comments(0)

映画『雪国』を観た。

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東京に4年ぶりの大雪が降った夜。
それに合わせて観た映画は『雪国』。
いうまでもなく原作は川端康成の同名小説。
東京から訪れた男と温泉地の芸者・駒子との哀しい物語。
恥ずかしながら原作は読んでいない。
けれども、あのあまりにも有名な冒頭は知っているので、
映画の始まりが雪のない春だったことにちょっとビックリ。
えっ、なにか壮大な勘違いとしていたかと慌てるが、
やがてそれが前振りであることがわかりホッとする。
国境の長いトンネル、
上越線の清水トンネルを越えるとそこは雪国。
昔、谷川岳を登るときはたいていあのトンネルを抜けて、
土合駅の長い長い階段を登って地上に出たものだが、
上越新幹線の開通によって、
そのルートを使うこともめっきり減ってしまった。
映画の舞台は野沢温泉。
そこに至る途中で下車する、
当時の越後湯沢駅がカッコイイ。
物語の時代設定は昭和10年代。
主人公が滞在する温泉旅館も木造で味のある建物だ。
それを見ながら気づいた。
自分がよく使う「ひなびた」というのは、
この時代の建物のことなんだなあと。
今でも山懐の山小屋に行くと、
たまにこんな建物に出会えて嬉しくなる。
劇中にたびたび響くのは蒸気機関車の汽笛。
蒸気機関車で新潟に向かうのが当たり前だった時代だ。
大雪のときは蒸気機関車の前に除雪車が連結され、
ときには機関車が重連で走る光景が、
今となっては新鮮だ。
若き日の岩下志麻、
そしてまだ少女のような面影の加賀まりこを軸にして
物語は進んでゆく。
1965年の日本映画。
東京都。2018年。
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by apolro | 2018-01-24 14:11 | 映画で旅する | Comments(0)

水平線の向こうに鹿児島県が見える。

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伊平屋島は沖縄県の最北端に位置する島だ。
そしてその伊平屋島の最北端にあたるのが田名岬。
つまりここが沖縄県の県境で、
その先には鹿児島県の奄美群島が広がっている。
実際、田名岬の先端に立って、
水平線に目を凝らすと、
与論島の島影をうっすらと確認することができた。

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このとき、
地図でしっかり位置関係を確認しないで探そうとすると、
ついつい伊平屋島の北の海上に目を向けがちだが、
その方向に与論島はない。
与論島があるのは伊平屋島の真東。
つまり沖縄の伊平屋島と鹿児島の与論島は、
南北に位置するではなく、
東西に並んでいるのだった。
緯度的にも両方の島はほぼ一緒。
それでも1972年に沖縄が返還されるまでは、
ここが日本と占領下の沖縄を分かつ国境だったのだ。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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by apolro | 2018-01-23 14:22 | 旅の日々 | Comments(0)

硫黄島で出会い、伊平屋島で再会。

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6時間前に飛行機の窓から眺めた島が、
ようやく目の前に近づいてきた。
南北に約13キロ。
平地と山並みが入り組んだ細長い島だ。
伊平屋島の港では若い友人が迎えに来てくれていた。
彼とは2年前、
鹿児島の硫黄島で初めて出会った。
僕が硫黄島を訪れた時期に、
彼はやはりジャンベ留学で島に住み着いていたのだ。
ジャンベというのはアフリカの太鼓の一種。
硫黄島は縁あって、このジャンベを介在した留学制度を持っていた。
くわしくは過去の旅日記を。
「硫黄島とジャンベと贅沢な夜(http://apolro.exblog.jp/25120594/)」
その後、彼は結婚し、
故郷の伊平屋島に戻り、
そして子どもまで授かっていた。
いやはや、
若者の人生は猛スピードで進んでゆく。
今回は彼の家に厄介になることになっていた。
小さな子どものいる家に泊まりに行くという、
こちらは非常識なオジサンである。
ただ、泊めてもらうのは彼らが暮らしているのとは別棟で、
今は誰も住んでいない空き家というのがせめてもの救いだ。
「古い家なんですが……」と彼が連れてきてくれたのは、
沖縄の伝統建築様式をした一戸建てだった。

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赤瓦の低い屋根、窓が広く風通しのよい構造。
正面に立っている衝立状のものは「ヒンプン」だろう。
これはマジムンに代表される悪いもののけが
家に入ってくるのを防ぐ役割があるらしい。
沖縄の伝統家屋に泊まれるのがうれしくて、
僕は思わず「おおっ」と低い声を上げていた。
室内の正面には沖縄様式の大きな仏壇が祀られていた。
仏壇とは呼ばれていても、
これは仏教信仰ではなく、
いわゆる祖先崇拝のための祭壇だ。
僕が到着した1月の16日は、
ちょうど祖先が家に帰ってくる日だそうで、
仏壇には立派な食事が供えられていた。
祖先はこの日から20日まで、
いわゆる二十日正月と呼ばれる日まで家に滞在するのだそうだ。
そして僕は19日まで同じ部屋で厄介になるのだった。
ご先祖様、よろしくお願いいたします。
沖縄県/伊平屋島。2018年。
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by apolro | 2018-01-22 10:55 | 旅の日々 | Comments(0)